格闘家にとっての「食べる」意味
今やスポーツショップやドラッグストアーに行くと、たくさんのサプリメントを売っています。プロテイン一つとっても国産、輸入を問わず様々な種類が出回っています。
確かにサプリメント類は使い方によっては格闘技において効果がありますし、一度も使ったことのない選手の方が少ないのではないでしょうか。
しかし人間の基本はやっぱり「食べる」。人に良いと書いて「食」、良質な自然の材料(命)を自分にあった形で上手に調理して「食べる」。この「食べる」「食う」という行為に実は重要な意味が隠されているように思うのです。
病院で患者さんを診ていますと、体の状態が悪くなると一番顕著に出てくるのは「食欲の低下」。
風邪をひいていたり、頭痛があったり、熱があったりするにもかかわらず食欲旺盛な人はいません。サプリメントを始めとする様々な健康食品や健康補助食品の登場で確かに栄養補給は手軽になりましたが、それらは「(栄養を)摂取する」のであり「食べる」わけではありません。
あくまでも「食べる」ことの要素のひとつに栄養があるのであり、「食べる」には噛む、唾液や消化液を出す、顎や首周りを強化する、免疫力を高める、食べ物の消化力と吸収力を高める、代謝を高める、脳の働きを良くする、体に悪い成分をや毒を解毒する、内臓を鍛える、内臓を動かすといったまさに強くなるため大切なことが含まれているのです。
たとえば、グレイシー一族は、この「食べる」ということに関して独自に研究を重ね、グレーシーダイエットという食事の体系を作り上げました。彼らの生活は「健康」そのもの。あのエリオじいちゃんの脅威の若さを見れば一目瞭然でしょう。強くなるために食べる。健康になるために食べる。動植物の命をもらって自分の血や肉とする。(=食べる)それが彼らの強さを支えている大きな理由のひとつです。
格闘家、スポーツマンのみなさんには今一度、ご自分の「食べる」を見直して欲しい、そしてひとりひとりに合った、強くなる「食べる」を行って欲しいと考えています。


食生活はOK?
選手、ジム生の方々から「一番効果的なサプリメントを教えて下さい。」という質問を受けることがあります。確かに強くなるために最高のものを求める気持ちはよくわかります。ところが「現在どういう食事を摂られているんですか?」とこちらから逆に質問しますと「ほとんど外食で済ませています」とか「コンビ二の弁当が多いです」という人が残念ながら圧倒的に多いんです。これでは、ハードな練習をしても栄養が偏ってしまうため身体に良くないです。まず日常の食生活を格闘家らしくする、という部分をすっ飛ばしてしまっている。
これでは、いくら高価なサプリメントを摂ってところでたいした効果は期待できないと思います。
これが「いつもは大体タンパク質は肉からとってて、炭水化物は、主にごはんまたは麺類。野菜と果物を必ず多めにとるように心がけています。」という選手だったら「じゃあバランス取る意味で植物性の大豆タンパクを夜の練習の後に入れてみてはいかがですか?味噌汁をメニューに加えるのもいいかもしれませんね。」という話になるんですが。
普段の食生活をじっくり見つめなおし、より良いものに高めていくことが強くなるために欠かせない時代がくるでしょう。


自分にあった、ベストな方法

一流選手はやはりそれぞれ独自の食事への考え方をもっています。とにかく何でも食べてしっかり動く、という選手もいれば、栄養士に食事をみてもらって厳密にカロリーコントロールを行っている選手もいます。どの方法にしてもルールや増量、減量の時期、練習の内容などを考慮しながらその選手にあった方法を生み出している、また絶えず探しているところが一流格闘家、スポーツマンの食事の面白いところです。
技術をビデオで研究したり、新しいトレーニングを試したり、出稽古に行ったりといった強くなる方法を、食べることにも求めているともいえるでしょう。
自分にあった方法を探すには、自分の感覚を大切にすることです。何を食べたときに調子が良かったか、また悪かったかを記録してみるのもひとつでしょう。同じ栄養をとっても吸収率には個人差があるはずですし、栄養学的に良いとされている食品があなたにとって本当に良いかどうかはわかりません。
練習でのコンディションや筋力トレーニング後の筋肉痛、また尿や便の具合、空腹感や満腹感、練習への意欲などを様々な方向から自分の感覚をチェックしてみるとよいでしょう。


筋肉と魚の秘密
人間の骨格筋には赤い筋肉と白い筋肉の2種類の筋肉があることをご存じのみなさまも多いかと思います。
赤い筋肉は遅い筋と書いて遅筋繊維、白い筋肉は速い筋肉と書いて速筋繊維と呼ばれており、遅筋(赤筋)は筋収縮スピードは遅く、ローパワーですが持久力に優れる筋で、速筋(白筋)は筋収縮スピードが速くハイパワーですが、持久力に劣る筋肉です。
人間の場合、これらに筋肉の割合は個人差が大きいとされています。ある調査でマラソンランナーと短距離ランナーの筋について調べたところ、マラソンランナーにおける赤筋の割合は8割、短距離ランナーにおける白筋の割合は7割を占めていた報告もあります。赤筋と白筋の割合は、「生まれながらに決まっている」とする学説もあれば、「トレーニングと食事によって後天的に獲得することができる」との学説もあり、現在のところはっきりと解っていません。
格闘家にとっては現実問題として、瞬発系の動きと持久系の動き両方を要求されることが多いですから自分の赤筋と白筋の組成の割合がどうあれ両方の筋肉を使うことになります。

話は大きく変わって、あなたは赤身の魚と白身の魚、どちらがお好きですか?
どっちも好き?すいません、ご馳走いたしますって話ではないんです。
マグロやカツオといった遠距離を泳ぐ魚たちの身は赤いです。筋肉が赤いのは、筋肉に酸素を運ぶミオグロビンという赤い色をした成分がたくさん含まれているからです。赤身の魚の多くは群れをつくり広い海を海流に乗って大きく移動します。絶え間なく泳ぎ続けるためにも持久力に富んだ赤筋をもっているのです。無理やり格闘家のイメージに当てはめるなら、最終ラウンドまでまったくフットワークのスピードが衰えることのないアウトボクシングスタイルのボクサーや時間無制限マッチなどで一時間を越える長丁場を戦い抜く柔術家といったところでしょうか。
タイやヒラメ、スズキといった近海に住む魚たちの身は白いです。普段はあまり長い距離を移動することはなく、自分たちのテリトリーやなわばりをもった魚たちは、餌をとるときや危険が迫ったときには普段のスピードに比べて信じられないほどの速さで動くことができます。チャンスをじっと伺い、チャンスとなれば一気に攻撃しKOやギブアップを奪う”倒す”格闘家のイメージです。

格闘家の食事として、白身の魚を食べたから瞬発力が増すとか、赤身の魚を食べたから持久力がつくとかそのような単純な図式は期待できるものではないです。食べ物や食生活に気を配ることで効果があるのは、単に栄養学的な面で身体にいいからというだけではなく、格闘家にとっては「信じられる食事」「食事に気を配ることで得られる精神的な安心感」といったデータでは出でこない側面も多々あるように感じるのです。
アフリカの内陸部に湖で取れた魚を唯一の蛋白源として生活している部族がいるそうです。その部族の間では、魚の脳を食べれば頭が良くなる、骨を食べれば骨が強くなる、眼を食べれば目が強くなるんだと代々言い伝えられています。
自然に培われた魚のパワーを強さに反映させる、そういう意識をもって食材を捉えていくのも面白いと思います。

格闘家の食事と栄養