新田 明臣 残り5日のオープニングファイト
【5日前】
真剣勝負の5日前。
あなたならどのように過すだろうか?
受験生で、大学受験の5日前なら、試験への準備を大体終えて、最終チェックの段階か。
ミュージカルの出演者なら、本番に向けてリハーサルを繰り返しているだろう。
社会人で、新規プロジェクトのプレゼン担当なら資料作りに精を出し、
作家、ライターだったら締め切りを守るべく全力でPCにアイディアをぶつけているかもしれない。
真剣勝負の5日前。
いろんな勝負の形はあれど、
来るべき「その日」に向けて過すに違いない。
2005.7.20 K−1WORLD MAX決勝トーナメントの幕を開ける、
オープニングファイト。
新田 明臣選手がこの戦いのオファーを受けたのは、
試合の日のわずか5日前。
金曜日にオファーを受け、翌週の水曜日にはリングの上で戦っている。
甦ったキックの英雄、新田 明臣選手の一日をレポートしたい。
ふつう、多くのプロ選手は試合のオファーをもらうと、対戦相手の情報を調べる。
そして調べてからYESまたはNOを主催者に伝える。
今回は、深夜に電話があり、「返事は今すぐじゃなきゃだめだ、」という話だったそうだ。
側近のワタナベ ヒロトさんいわく、
新田選手はオファーを受けていつも本能的に受けるかどうか決めているところがあるという。
約一ヶ月前の6.18、IKUSAのリングで小次郎選手に判定負けをしてしまった新田選手は、
負けた後にはすぐに試合をして良い流れを呼び戻したかったこともあるのだろう、
「やります!」と急過ぎるオファーを嬉しそうに受けたそうだ。
【新田流減量法!?】
そしてキックボクサーにつきものの「減量。」
試合の調整は、減量の出来に不出来に大きく左右される。
減量をするということは、シンプルに言えば摂取カロリーを控えて運動量を増やすこと。
しかしながら運動量を増やすと、身体が必要とするエネルギーは当然大きくなる。
全く生理的に相反する作業を身体に強いることになる。
どんな強いファイターも、減量に失敗するとその強さを発揮することは出来ない。
極端な栄養不良や脱水状態でリングに上がれば、集中力が落ちて危険が増すし、
試合前の追い込み期であれば骨折や靭帯損傷などの試合をキャンセルせざるを得ないような怪我に見舞われることもある。
試合に勝つために練習するはずが、いつのまにか体重を落とすため、の練習になってしまうことも少なくない。
ただ単に体重を減らす「ダイエット」と比べて、
「減量」は体重を減らした後、人と戦う、というかなりリスキーな作業であることがおわかりいただけると思う。
一流と呼ばれる格闘技選手は、それぞれの経験から、「独自の減量法」を持っている。
新田選手の普段の体重は、73KG。
K−1MAXでは70KGで試合が行われることが多いが、今回ワンマッチであり、急遽決定した試合だったため契約は72KG。
新田選手は、この1KGの減量を非常にユニークな方法でクリアした。
試合前日の計量。
最近は選手の安全を考えて、いわゆる前日計量の試合が増えてきている。
夏本番を迎える東京。
高層ビルが多く、それぞれにエアコンが使用されているため、東京の昼間は恐ろしく暑い。
7.19、新高輪プリンスホテルで行われた計量に、
なんと新田選手は車の暖房をがんがんに効かせて向かったのだった。
たださえ暑い最中に、汗だくの格闘家が暖房の効きまくった車を運転してやってくる!
想像しただけで汗がふきだしそうだが、
この日、新田 明臣は71.5KGで計量をパスしたのだった。
新田流「真夏のカーエアコン減量」。
ナチュラルな感性を持った新田 明臣らしい調整法でなはいか!!
【横浜アリーナ】
試合当日、私は横浜アリーナをめざした。
コンサートやイベントに行かれる方ならご存じかもしれないが、ダフ屋さんは、チケットが大量にある場合は「いい席あるよ」「アリーナ、センター席あるよ」と声をかける。
逆に、チケットがソールドアウトで入手困難な場合は「チケットあまっていない?」と聞いてくる。
人気公演の場合は、みんな売りたがらないし、あまりも出にくいということになる。
新横浜駅から横浜アリーナに向かう途中、ダフ屋がたくさん出ていたが、
みんな一様に「チケットあまっていない?」と通りかかる人々に聞いていた。
K−1MAXのチケットの売れ行きがハンパでない(ソールドアウトだったらしい)ことがうかがえた。
15:20分、横浜アリーナに到着。
アリーナ前にはすでにたくさんのファンが集まっている。
平日、しかも開場まではまだかなり時間があるというのに。
K−1MAXの人気は本当に凄い。
ここまでのビッグイベントなるには、多くの関係者の試行錯誤と選手の汗、そしてなにより温かいファンのサポートがあったからこそだと思う。
【ウォーミング・アップ】
控え室に入ると、TEAM NITTAの私以外のメンバーはすでに勢ぞろいしていた。
「OSSU!」
相変わらず明るいパワーに満ち溢れている、ニコラスさん。
弁当と飲み物を物色している半澤さん。
そしていつも細かい心遣いがうれしいヒロトさん。
「おす!遅くなりました!新田さんは?」
新田選手は・・・・・・奥でヘッドホンで音楽を聴きながら寝ていた!
赤コーナー控え室には伝説の男達が次々と到着する。
で、でかい!ほんとでかい、セーム・シュルト選手。この人の前に立つだけで相当なプレッシャーだと思う。
ニコニコとスマイルを浮かべて明るく登場したのは、フロム・タイランド、ブアカーオ選手ご一行。
こ、こわい!男としてマジでハンパないオーラが出まくっていたラモン・デッカー選手。
あまりにパンチが強くて拳を骨折してしまったことのある、伝説のムエタイ戦士だが、分厚い背中をみて超納得。
いろんな強い人に出会うが、久しぶりに「この人はやばい」という畏怖を感じた。
新田選手、こんなおっかねー人と試合してしかも引きわけたんだ〜。
そんなことを思っていると、新田選手の目が覚める。
チームでリングチェックに向かい、会場のでかさとセットの豪華さに驚く。
軽くリング上でステップを踏んで感触たしかめ、ウォーミングアップのため控え室に戻った。
ニコラスさんが、相変わらずジョークを飛ばしながら、しかし的確にバンデージをまく。
新田選手も感触を確かめるように拳を握る。
足関節のテーピングとストレッチは私の仕事だ。試合用にいつも使っている、医療用のテーピングで足関節を8の字に軽くサポートする。
その後、いつものようにウォーミングアップスペースでミットによるアップを行い、戦いの準備は整った。
【オープニングファイト】
今回の相手選手は、山本KID選手のジム、KILLER BEE所属の朴選手。
前に出てがんがんパンチを振ってくる、イケイケタイプのアグレッシブな選手だ。
キャリアでは新田選手の方が上だが、相手の間合いとペースに巻き込まれるとヤバイ。
新田選手のテーマ曲、「新田デ・ジャネイロ」で会場は温まり、
多くの観客がオープニングファイトを見守った。
1ラウンド、新田選手はパンチとミドル、ローキックで朴選手を追うが、
キックを見切られ試合はなかなかかみ合わない。
時折、パンチの連打をもらう場面もあるが、両者ともに決定打はなかった。
2ラウンド以降、距離感をつかんだ新田選手は、ローキックまで技をつないで朴選手の太腿にダメージを与える。
時折、豪快なミドルが空を切る。
朴選手はそれでも鋭いパンチを返す。
結果、新田選手の判定勝ち。確実に手数で勝ちを引き寄せた。
KOはなかったものの、
ダメージをあまり表に現さなかった朴選手のハートの強さも垣間見えた試合だった。
試合後、新田選手はいつになく反省していた。
オープニングファイト、それはロックコンサートで言えば大切な1曲目。
その日の客のノリとイベントの空気を左右しかねない大切な仕事。
新田 明臣は誰よりもそのことを理解していたし、オープニングファイトで自分が果たさねばならない役割を自覚していたのだと思う。
「倒せなかった・・・」
控え室で下を向いて悔しがる新田選手に、ニコラスさんは
「いいんだよ、勝ったらそれでいいんだよ」と声をかけた。
勝ってさらに内容を問う、新田選手の意識の高さと、
勝負において勝つことの重要性を知り尽くしているニコラスさんの言葉。
新田選手はここで得たものをまた自分の中で醸成し、
さらなる進化を遂げていくのだろう。
前回の試合の敗北から一転、また勝ちの流れを作り出し、勝利の女神と再び出遭った新田選手。
この一戦は、これからの新田選手自身の戦いのオープニングファイトになったはずだ。
プロのリングに上がって、十年以上の歳月が流れる。
その間に、多くの格闘家が現れては消えていったはずだ。
そんな中、「新田 明臣」という名前に特別な思い入れをもった格闘技実践者は少なくない。
チャンピオンとか、無敗とか、そんな「肩書き」ではなく、
世界タイトルをとってなお戦い続ける、格闘家としての、そして人間としての本質の部分に惹かれるからだではないだろうか。
新田 明臣は、まだまだ走り続ける。
「今走れば、今輝く。」
新田選手が後に続く格闘家たちに送ってくれた言葉。
これからの彼の輝きを、試合会場で感じて欲しい。
写真と文:格闘クリニックDr.F
新田選手の映像はこちら
試合結果BOUTREVIEW