女性格闘家へのメッセージ
 格闘クリニック   三井 綾

女性格闘技

「女性格闘家」今テレビ、雑誌などで女性格闘家という字を目にする機会が多くなりました。 書店の格闘技コーナーを見ても女性格闘家が書いた本もよく目にします。実際女性格闘家だけで行われる興行も数多くあります。

私は、この女性格闘家ブームの約10年前に女性プロキックボクサーとしてリングに上がっていました。小学生の時より空手を始め、5年生の時にキックボクシングに目覚めました。中学生、高校生ではすでに「世界チャンピオン」を目標に日々練習に励む毎日でした。

まだ学生だった私は出場できる試合に限りがあったために、キックボクシング以外のテコンドー、シュートボクシングの試合にも出場してきました。当時中学生だった私は、初めて階級制度のある試合に出場し、この頃より減量という世界を知ることになります。

高校2年生のときにキックボクサーとしてデビュー、さまざまな異種格闘技戦、世界戦をこなし目標であった「世界チャンピオン」を19歳で獲得しました。 今現在は選手を引退し、時々個別に格闘技の指導をしています。アマチュア時代を含め、11年間私が見たこと、感じたこと、経験したことを振り返りながらスポーツ選手の摂食障害について考えてみたいと思います。

現役時代の減量

1日の練習量は平均5時間ほど。自分の試合がないときは、試合がある人のスパーリングパートナーや筋力トレーニングをおこない、自分の試合が決まると走りこみ、技術練習、スパーリング、ミット蹴り、ミット打ちなどをおこないます。 キックボクシングでの試合はバンタム級の53.52kg、普段は5〜6kgほど重い58〜60kgで生活しているので試合の連絡を2ヶ月〜2ヵ月半前に受けてから各自自分にあったペースで落としていきます。そして試合当日の朝に軽量となり、午後6時試合スタートとなります。

 減量といっても落とさなければならないキロ数、試合までの期間、その時々の心理状態など条件はさまざまです。まずここで、成功していた減量を振り返ってみたいと思います。

学生時代は学業と練習と、試合を忙しくこなしていました。思うように体重が落ちていかないときでも昼食を抜き、友達に「凄いね」なんて言われながらグッとこらえ、辛い状況に追い込んでいる自分自身をかっこいいと感じながら(笑)練習前、運動に影響がでない程度の量のバナナなどを食べてエネルギーを補充し練習に備えていました。私の場合、試合が決まってからは1回の練習で平均1.5kg〜2kg落ちていました。練習が終わると自宅へ帰り、母が栄養バランスを考えて作ってくれた食事をとり、宿題を片付け就寝。学業、練習、試合と日々充実した生活ができ今思い出しても減量が生活の一部になっていて楽しんで練習できていたように思います。

摂食障害との戦い

次に、摂食障害にまで陥った減量を振り返ってみようと思います。

摂食障害とは、大きく分けて“過食症”“拒食症”の2つに分かれます。私たちスポーツ選手の減量は一般女性のダイエットとは違い、体重を落とすと同時にスタミナ、持久力、スピード、パワーなどその時の最高の状態に作り上げなければならない状況におかれます。落とす体重が大きく、試合への緊張度が高ければ高いほど、選手にかかるストレスは大きくなります。 私が選手時代経験した過食症もストレスによるものでした。

普段から体重が増えやすかった私は、学校を卒業し一般社会人として働き出してから体重のコントロールに悩む日々が続きました。(私たちはプロキックボクサーといっても、格闘技一本では生活できず働きながら練習もしていました。)この頃より運良く格闘家としの実力、評価も上がり、TV、雑誌等のメディアへの露出が増えていきました。

当時の私たち女性キックボクシングというジャンルはそれまでの日本にはないもので、格闘技界全体としてこのブームを盛り上げてくれた時代でした。当然、ジムでの練習や管理は日に日に厳しいものへと変わっていきました。私自身も周囲やファンの人たちの期待にこたえようと、全くといっていいほど自由な時間も持たず自分を追い込んでいきました。しかしこの過酷な状況に精神的に参ってしまい、ストレス発散の為“過食”へ走ってしまいまいた。

最初は通常体重の2kgくらいのオーバーだったのですが、オーバーしたことでより管理が厳しくなりだんだんと体重に関する話、体重計に乗ることが怖くなりました。又、他人がいるところでは適量の食事を摂取するのですが、いざ一人になると誰の目も気にならない、一人で過ごせる時間の喜びを感じ、練習帰りコンビニエンスストアに立ち寄り買い込んだお菓子、ジュースなどを黙々と食べていました。しかし、その楽しみも食べはじめの一瞬にすぎず時間が経つにつれ不安に襲われるのです。「こんなに食べたら体重が増えてしまう」「体重計が怖い」「どうしよう」そしてトイレへ駆け込むのです。嘔吐です。

当然その後は体がだるく、ベッドへ横になるだけでした。翌日の仕事、練習は気分、体調ともすぐれず、ボーっとするそんな日もありました。

それでも試合が決まるとさすがにこれではまずいと、試合の連絡を受けてから試合が終わるまでは気持ちを切り替えることが出来ました。十分に動けるようにサプリメント、プロテインを摂取し食事量も計算しながら落としていきます。食事に気を使い体調を戻しきり、それ以上に仕上げに成功したときは試合での動きは抜群でおのずと結果もついてきました。このようなことを試合のたび繰り返している現実に、毎回本当に苦しく、抜け出したい、助けてもらいたい、けど誰にも言えない。長い間悩み続けました。

世界タイトルマッチと減量

私の戦いの場はキックボクシングにとどまらず、体重を62kgぐらいまで増やし女子プロレスラーと対戦、今度は55kgまで減らしシュートボクシング(キックボクシングに投げ技を付け加えた格闘技)の選手も対戦しました。(その間キックボクシングの試合をバンタム級53.52kgで行ってのことです。)私の場合ほとんどの試合で対戦相手の体重に合わせ自分の体重調整を行っていました。もちろんプロなので結果を出さなければ次の試合はいつ組まれるかわからないという厳しい現実がありました。

そんな中「世界タイトルマッチ」というビックチャンスがおとずれました。このタイトルマッチが私にとって試合のみならず減量においても新しい体験になるのです。

タイトルマッチのお話をいただく前、女子プロレスラーとの試合が組まれるかもしれないといわれていたため体重の増量を行っていました。この間は程度な運動量と1日にプロテイン、バナナを5回位摂取するということを繰り返していました。その時点で62kgはあったと思います。ある日、「タイトルマッチが決まった」と報告を受けました。場所はアメリカ ハリウッド、契約体重Jrバンタム級52.18kg、試合は今から1ヵ月半後ということでした。まず頭をよぎったことは「1ヵ月半で10kgの減量!?」以前、食中毒で何も食べれず体重49kgまでおちたことはありますが、健康体で53.52kgを下回る経験がなかった私にとって約1.5kg軽い52.18kgは未知の世界でした。不安を抱えながら小さい頃からの目標であった世界チャンピオンを手にするべく、厳しい自分との闘いへ入っていったのです。この1ヵ月半はタイトルマッチへ向け、理解ある職場の社長のおかげで仕事は一切休ませていただきました。

午前、午後の練習で食事はバナナが主食。それにプロテイン、サプリメントのみでした。サプリメントといっても今でも何を何種類どれくらい摂取していたか思い出すことが難しいほどです。(最低15種類はあったと思います)

練習初期はぐんぐん体重も落ち練習もスムーズにいっていたのですがある体重を境に落ちなくなり、食事も少量のため動きにも影響がではじめました。体に力は入らず、サウナに入ってもまったく汗は出ない。口の中の水分は消え、話すのも苦しい、立ちくらみ、人と接することが辛い、唇にはいつもヘルペスができている状態。しまいには食事としてとっていたサプリメントを飲み込もうとすると胃が受け入れず吐き出してしまう事までありました。今思うとこの時点で病院に行っていたらDrストップがかかっていたと思います。試合前日の計量では契約体重より2kg軽い50kg。トータル12kgを1ヵ月半で落としました。試合当日までの食事には十分気を使いました。そんな努力の甲斐あって19歳で夢であった「世界チャンピオン」を手にすることができたのです。

現役時代を振り返って

私は格闘技の世界へ入ってから22歳で引退するまで格闘技一筋でした。私の経験してきたことは極端かもしれません。しかし、夢でもあり目標でもあった「世界チャンピオン」を手にするためには、あらゆる努力と、自分を信じることしかなかったのです。今引退し、女性格闘家の皆さんの活躍を見て危険なのでは?と感じることも多々あります。私なりに女性の体の仕組みについて勉強もするようになりました。その上で当時の自分を振り返ってみると、当時は過食症、拒食症だったのかもしれない、と思うのであってそのとき自分が『摂食障害』に陥っているなどとは感じていないのです。私のプロ現役時代は17歳〜22歳までと女性格闘家としてはわりと若い年齢です。若い時期に短い期間でいろいろな経験を終えたことで、引退した後もまだ体が成長し、女性としての体に戻ることができたのではないでしょうか?

今の女性格闘家の年齢は上がっています。女性ならではの病気も抱え始める頃です。私のような経験をもっと高い年齢でされている方がいらっしゃるとしたら、不妊をはじめ摂食障害から引き起こされる第二、第三の病気を恐れなくてはなりません。

格闘技を全うし、青春の全てを注いでいた頃は引退後のことなど考えもしませんでした。今現在、格闘技にどっぷりつかっている女性選手の中にも若い頃の私と同じ考えを持った方は多いのではないのでしょうか?しかし私自身、結婚をし一女性として出産を控えた今だからこそ格闘技をしていた時代を誇らしく良き思い出として振り返ることかできます。

もし今、あの極端な経験、摂食障害が私の人生を狂わせていたとしたら、たとえ自分が決めた道とはいえ良き思い出として振り返ることができるのでしょうか?

きっと摂食障害、体の悩みなど自分一人で悩んでいる方は数多くいらっしゃる事でしょう。

私が今回実際の経験を書いたことで、こんな人もいるのだと知っていただけたら幸いです。女性がスポーツの世界において進出される場が多くなった現在、女性スポーツ競技者の方々には健康で美しく活躍されることを心より願います。

格闘クリニック 三井 綾