VALE TUDO、TOPA TUDO
〜あつしさんのブラジル格闘滞在記 VOL.5 日本対ブラジル編〜
     井上 敦
valetopa2004@yahoo.co.jp

7.27 スティング
7.29 DESAFIO2
8.3  眺めのいい部屋
8.6  金曜日のモンジバカ 
8.10 陽気なグレイシー
8.11 グレイシーバッハ・コンバットチーム
8.14 幻のニセ銅メダル
8.15 タックル男
8.20 個人授業
8.27 禁断の扉
8.28 ブラジルから君へ












戦う公認会計士バーリトゥーダー、井上敦ストライプル





7月27日 スティング

 明日からは5日間ほどサンパウロに行く予定だ。日本対ブラジルの柔術の対抗戦を見に行くためである。手許の資金が底を尽きつつあるため、シティバンクにキャッシングに行く。多めに金を下ろそうと、1000レアルを引き出そうとする。だが無常にも残高不足の表示が出る。仕方ないので500レアルに変更したが状況は変わらない。いつの間にそんなに使ったのだろうか。仕方ないのであきらめることにした。そういえば3日ほど前にレストランでカードを使おうとしたが断られた。その時は気にも留めなかったが、こういうことだったのか。

 本来ならばシティバンクの世界中で下ろせる口座を作ればよかったのだが、そこまで頭が回らず、今回はVISAカードでキャッシングをしているのだ。クレジットカードの場合利用限度額があるため、無制限には引き出せない。利用限度額がいくらか分からないが、そんなに多くは使っていないはずだ。何かおかしい。

 とりあえず部屋に戻り、今までのカードの利用明細を全部引っ張り出し、エクセルにちまちまと入力していく。ブラジルまで来て、なんて地味な作業をしているのだろう。だが自分の金にかかるだけに必死だ。これは人の金なら適当というわけではないので、念のため。

 カードは15日締めの翌5日払い。6月16日以降のカード利用分が限度額を超えていることになる。カードで支払ったものの中にはサンパウロでのホテル代やキモノ代が含まれているため、キャッシングした分と合わせて、約15万円ほどの使用だ。15万円が利用の上限というのも寂しすぎる。もしかしたら...一瞬嫌な考えが頭に浮かんだ。とりあえず限度額をカード会社に確かめてみないと、あれこれ考えてもしょうがない。今は日本は朝の3時なので、夜になったらカード会社に限度額を確かめてみよう。

 もう一枚アメックスのカードを持ってきている。だがアメックスのカードは、コパカバーナにあるシティバンクのキャッシュディスペンサーでは使うことができない。どこのキャッシュディスペンサーで使えるかを、またもやアルファインテルに電話して尋ねてみた。アルファインテルの人はわざわざ日本のアメックスまで国際電話してくれた(フリーダイヤルだけど)。コパカバーナパレスという高級ホテルの中にアメックスのオフィスがあるので、そこでキャッシングができるということだ。やっと金が下ろせると喜びながら出向くが、営業時間が昼の3時までということで閉まっていた。明日の朝にもう一度来るしかない。

 今日はこちらで知り合った自称「銀蝿」君に、ムエタイのジムに連れて行ってもらうことになっている。銀蝿君は純粋なブラジル人だが、日本語がかなりできる。俺が日本人と話をしながら街を歩いていた時に、声をかけられたのだ。銀蝿は横浜銀蝿からネーミングしたらしい。

 練習は6時から。ここもスポーツクラブの中にある。「ARTUR MARIANO」というのが先生の名前のようだ。中のリングでは裸の男達がバーリトゥードの練習をしていた。どうやら総合の練習もやるらしい。時間割を見たら、ほとんどムエタイだったが、たまにサブミッションというクラスもあった。柔術のクラスはなかったが、壁にはなぜか柔術の写真が貼ってあった。

 練習前に先生を前にして、両手を合掌しておでこの前に置き「ムエターイ」と挨拶。タイではこんな挨拶はしないはずであるが。練習は柔術と同じでブラジル体操から始まる。そして柔軟体操。ここまでがウォーミングアップだ。

 2キロくらいのダンベルを両手に持ち、先生がやるコンビネーションを真似して10回繰り返す。なかなかこのコンビネーションが良かった。全部対角線に攻めるオランダ式のコンビネーションだ。ブラジルで今まで習ったどこのジムよりもまともだ。コンビネーションはいいのだが、持っているダンベルがかなり重く感じきつかった。どうも打撃をやっていなかったため、打撃に必要な筋力が落ちてしまったらしい。

続いて二人組みになり技の打ち込み。相手の攻撃を避けて、それに対しての反撃だ。これもオランダ式でかなりいい。俺はローキックを蹴るときに、もっと腰を入れろと何度も注意された。実は昔は腰を入れて蹴っていたのだが、途中から腰を回さない蹴りにフォームを改良したのだ。それを今更、昔の蹴り方には戻せない。俺が組まされたのは、マリアンヌという女の子だった。この子はかなり技が上手く、プロなのかと思ったが普通の練習生らしい。ブラジルは女の子でも身体能力はかなり高いように思える。

そのままミットに入る。パンチから左の蹴りにつなげるのと、右の蹴りにつなげるのとを10回ずつ。先生にはもっと強くパンチを打てと注意された。しかしグローブもバンテージもしていない素手なのだ。またマリアンヌが俺のパンチに合わせてミットを強く前に出すのでかなり痛い。強く打ったが、案の定小指を痛めてしまった。他の練習生はバンテージは巻いていたが、グローブはつけずに打っていた。皆平気なのか。

 最後に腹筋、背筋、腕立てをやり終了。最後にも「ムエターイ」の挨拶。練習は1時間弱とかなり楽であった。だがここは技術はしっかりしているし、プロの選手も何人もいるようだし、時間帯を選べばかなりしっかりした練習ができそうな気がする。

10時ごろから友達と飲むから一緒にどうかと、銀蝿君が誘ってきた。ブラジル人と飲む機会もそうないだろうから、一緒に行くことにした。それまで時間があるから部屋に戻ろうとしたが、銀蝿君に誘われ彼の家に行くことになった。

家に行くと、彼はいきなり自分がやっているビジネスの話をし始めた。どういうビジネスかというと、平たく言えばA社と同じようなマルチまがいの商売である。その会社はH社といい、健康食品を扱っており日本でも販売しているらしい。銀蝿君は商品を俺に売りつけることにはそれほど熱心ではないが、そこのH社のディストリビューターとかいう販売員に俺がなることをやたらと誘ってきた。もちろんディストリビューターになるには金はかかる。一応日本のホームページを見せてもらったが、正直言って怪しい。知りたい情報がほとんど書いていないのである。

A社の勧誘の説明を日本でも受けたことがあるが、銀蝿君の説明も非常に似ていた。やはりそういう販売マニュアルがあるのだろう。一言、金儲けをしたいと言えばいいのに、金を儲けたいんじゃない、君のためを思って勧めている、皆で一緒に成功しよう等々。銀蝿君とかは会ったばかりの良く分からない人だから別にいいが、こういうのを知り合いに勧めると友達を失うだけだと思う。それとも皆洗脳されて、本気で他人のためになる思っているのだろうか。

H社の健康食品はダイエット関連のプロテインやビタミンとかのサプリメントだ。別に製品は怪しくないと思う。値段は正直に言って、普通のプロテインより高い。まあ質がどうこうという言い訳はあったが。ノーベル賞を取った人が開発に関わっているとかも言っていた。でもノーベル賞をとった経済学者が関わったヘッジファンドが過去に潰れたぐらいだから、こういう権威を信じてもあまり意味がない。

それでどういうダイエットをするかというと、朝と夜はH社のサプリメントで過ごし、昼は普通の食事をしてもいいがあまり高カロリーなものはだめということらしい。これを実践すれば誰でもダイエットはできるのは当たり前だ。太っている人はつい食べ過ぎてしまうから太るのに、朝と夜はサプリメントで過ごすなどはほぼ不可能に近い。それができるのであれば、とっくにダイエットに成功しているだろう。高い金を払わせて、ダイエットへのモチベーションを高めるという考えなら分かるが、それは製品の質には関係ない。

俺も試合に向けての減量では最後は水分を抜いて体重を減らしたりもする。だがそれはあくまで一時的に体重計に乗るときだけ体重が落ちていればいいのであって、通常のダイエットのように脂肪を落とす目的の時は食事をきちんとコントロールする。ダイエットする時の法則はたった一つだけだ。この方程式だけ覚えて実行すれば、誰でも必ず痩せることができる。「消費カロリー>摂取カロリー」。

結局、俺はこの怪しいビジネスには関わらないことにした。それにしてもブラジルでこの種の怪しい商法の説明を受けることになるとは思わなかった。東南アジアとかでは、宝石の類とかを日本で販売しないかという勧誘を何度か受けたことがある。それは本当の詐欺であるから、冷静に考えなくても怪しいことは分かる。だが実際に被害にあった日本人が何人もいるから不思議だ。

一緒に飲みに行くことも断ることにした。まずないと思うが、酒に薬とかを入れられる可能性もあるからだ。普通に酒を誘われればまずこんなことは考えないのだが、状況が状況だけにしょうがない。こういう疑いを持ってしまうのは、後味が悪くて嫌なものだ。

銀蝿君と別れた後、ネットカフェで国際電話をカード会社にかける。利用限度額を尋ねると、俺が一ヶ月で使った額を上回る金額であった。さらにカードの使用状況が限度額一杯に達しているともいわれた。6月以降の利用状況を一件ずつ教えてもらう。すると7月20日以降、急に買い物の数が増えており22日までの3日間で30万以上は使われていた。その後も数万円使われていた。嫌な予感は的中した。

どうやらどこかでカードをスキミングされたらしい。昔ブラジルでそれをやられた友人がいたので、少しは気にしていたのだが、まさか自分がやられるとは。だがこれは自分がいくら気をつけていても、対策の立てようがない種類の犯罪だ。有名店や一流店でカードを使えば、やられない可能性は低いだろうが、絶対にやられないなどという保障もない。自分でできる対策はカードを使わないことぐらいか。それではカードの意味がないが、ブラジルでは使わない方がいいだろう。自分だけは大丈夫と思う人もいるだろうが、俺も今までずっとそう思ってきたのだ。その考えに何か根拠があればいいのだが、全く根拠がなかっただけに、改めて人間(と言い切るの少し抵抗があるが)とは馬鹿だなと思う。

ブラジルに行くときにどうやって金を持っていけばいいのか考えてみた。生活費全額を現金で持っていくのも、盗難の可能性があるので危険すぎる。シティバンクで口座を作っても、もし下ろしに行く途中で誰かに脅されてキャッシュディスペンサーまでついてこられ、全額下ろせと言われたらおしまいだ。この種の犯罪にあった場合、クレジットガードでのキャッシングの場合はまだ限度額があるため、多少はましだろう。トラベラーズチェックが一番リスクは低い。だがなかなか使用できる場所がないため、実用性を考えたら使い勝手が悪すぎる。かなり面倒くさいが、現金、トラベラーズチェック、クレジットカード、シティバンクのカードという感じで何重かに金の持ち方を分散してリスクヘッジするしかない。

俺の場合は当然のことだが、不正使用された分はカード会社が負担してくれており、俺に支払い義務はない。しかし金を下ろせないという、今直面している問題は何ら解決されないのだ。それにしても腹がたってしょうがない。これからどうすればいいのだ。カードの使用を止めないことも可能のようだ。だが今のところは利用限度額に達しているため、いずれにしろカードは使えない。俺の口座から請求額が引き落とされて、利用限度額に空枠ができる時まで待つしかないのだ。しかしその瞬間にカードを偽造した奴が買い物をしていたら終わりだ。カードが偽造されていることを知っていて、カードを止めないと俺に支払い義務が生じるかもしれない。瞬間的にカードの利用限度額を上げてもらい、俺か引き落としを終えた後にカードを止めることも提案したが、どうも無理らしい。どうしようもないのでカードを止めることにした。海外ではカードの再発行も不可能らしい。カード会社に電話しても、現状の把握はできたが何の解決にもならなかった。カード会社になんとかしてもらいたい気もするが、そこまで要求するのは酷なのだろうか。明日アメックスでキャッシングできなかったら、どうやって生きていこう。これでアメックスも不正に利用されていたら凄すぎるな、ブラジルという国は。などと感心している場合ではない。だがあれこれ考えてもしょうがないので、怒りの気持ちを静めるためビールを飲んで、寝ることにした。


7月29日 DESAFIO2

 28日。朝アメックスの支店に出向く。しかし身分証明書がないため、キャッシングは無理だと言われアパートまでパスポートを取りに行く。パスポートを持ち再度挑戦。オペレーターが5分ぐらいパソコンをいじったあげく、キャッシングは俺のカードでは無理だということだ。どうも俺のアメックスはセゾンアメックスのためらしい。支配人みたいな人が出てきて、発行元であるセゾンにどこで使えるか聞けと言われた。何ということだ。セゾンアメックスはアメックスと同じ機能であることを宣伝文句にしときながら、ブラジルでは使えないのか。宣伝で世界何十カ国で使用可能と書いておきながら、ブラジルはそれらの国に入れられてないのだろうか。

 仕方ないのでセゾンに国際電話をかけることにしたが、おそらくネットカフェの電話はネット回線での電話のためなのだろう、コレクトコールが使えないらしい。そもそもコレクトコールなどかけたことがないので、やり方がよく分からず、調べるのにかなり時間がかかってしまった。その挙句にかけることができないとは、本当にブルーだ。

 石川さん、和道さんとのサンパウロ出発の待ち合わせが12時だったので、何の解決もないままサンパウロに行くことになった。サンパウロに行けばリオよりは日本語も通じるし、なんとか解決できるだろう。

 バスは55レアル。長距離バスの場合はパスポートなどの身分証明書が必要だ。これはコピーでもいい。本来はブラジルでは外国人旅行者の場合、パスポートもしくは領事館かどこかの認証を受けたパスポートのコピーの携帯が義務付けられているということだ。そんな認証を受けるのは面倒くさいし、パスポートを持ち歩くのも危険なので、不断は不携帯である。だが何かあった時に面倒が起きる可能性もあるので、コピーぐらいは持っていたほうが本当はいいのだろう。今回はパスポートを持ってきていたため、何の問題もなく済んだ。しかし石川さんと和道さんは持ってきていなかったため、乗車する段階で係りの人と揉めてしまった。石川さんは試合の時に必要なブラジリアン柔術連盟の登録カードを見せたら、あっさりと解決してしまった。このカードにそんな証明力があったのか。困ったのは和道さんだ。一応日本の運転免許証を持っていたので「ジャパニーズ.ドライビング.ライセンス」と英語で言って、免許証を見せた。係員も最初は渋っていたが、最後はOKしてくれた。どうも顔写真されあればなんとかなりそうな感じもするが、たまたま係員がいいかげんな人だったのかもしれない。

昼間の時間は混んでいるのか、隣にも人が座っているし、ほぼ満席状態だ。リクライニングは効いていて快適なのだが、冷房が効きすぎて寒すぎた。乗っている乗客全員が凍死寸前の状況であった。だいたい冬に冷房をつけるというのはどういうことなのだ。途中ドライブインによったのだが、そこのキャッシュディスペンサーにアメックスのシールが貼ってある。試しにキャッシングしたら、普通に金を下ろせた。実はリオでもキャッシュディスペンサーでキャッシングできるのではないだろうか。これでひとまず金の問題は解決できた。だがこのカードは無職になってから作ったたため、キャッシングの限度額が少ない。一ヶ月の生活費はなんとかなるが、あまり無駄遣いはできそうにない。最後にキモノやTシャツなどを買おうと思ったが無理そうだ。お土産も買うのはほぼ不可能になってしまった。状況が状況だけに、皆にお土産を買わなくても許してくれるだろう。というか、許してください。

 サンパウロに着いたのは7時20分頃。リベルダージにある昔の大阪プラザに3人で泊まることにした。今はザ.プラザと大阪がなくなっていた。同じホテルには明日出場する福住さんが泊まっている。福住さんに話を聞くと、明日の試合は7分で行われるらしい。公式ルールだと黒帯は10分が試合時間なのだ。また膠着だとすぐに反則をとるようなことも言っていた。プロ興行ということで、ルールを少し変えて見て面白いようにするのだろう。こういう工夫は興行という面から考えたら大切だと思う。計量に関しては形だけ体重計に乗って、実際には量らなかったらしい。こういうのは何とかしてほしい。ムンジアルの後ということで、選手に無理な負担をかけないためなのだろうか。

 29日。試合開始は8時からであるが、4時ごろに会場に行く。選手用の入場口からセコンドということで入れてもらった。オリンピアという会場で、普段はコンサートなどに使われているようだ。かなりいい会場である。壁には過去にコンサートをした人間の写真が飾られていて、多くの有名人がここでコンサートをしているようだ。中井さん曰く、U2とマドンナ以外の主要な歌手はほとんどここに来たようだ。そういう人達と同じ会場で試合をできることで、中井さんは相当に興奮していた。

 試合場はマットの上に主催者であるコラルのマークの入った布で覆れている。俺も試合場に上がってみたが、布のせいかかなり滑るような感じを受けた。日本人選手団は皆アップをしていたのだが、ブラジル人は誰一人としてアップをしていなかった。普段の練習ではあんなに準備運動をやるのに、なぜ試合前にはやらないのだろうか。

 試合が開始される。俺はセコンドでもなんでもないのだが、早くから会場入りしたのと、日本人だということで、試合場のステージの上から試合観戦できた。入場も無料だったし、この距離で見ることができて非常にいい思いをしてしまった。ちなみに入場料は席が二種類あり、80レアルと60レアルとのことである。ブラジルの物価から考えたら、かなり高い。

日本対ブラジルの5対5の先鋒戦は佐藤愛香選手対レティシア.ヒベイロの女子の試合だ。レティシアは今年はキーラに負けたが、去年までは世界チャンピオンだったかなりの強豪だ。佐藤選手もかなり健闘したと思うのだが、あらゆる局面で地力の差が出て、結果は15−0の完敗であった。

 次鋒戦は渡辺孝選手対ビビアーノ.フェルナンデス。ビビアーノはプルーマ級(61キロ以下だったような?正確な体重は間違っていたらすみません。)で、渡辺選手はペナ級(67キロ)のため一回り階級は上のため勝つチャンスはある。しかしビビアーノもペナ級で今年のムンジアルの準優勝者のため相当手強い。試合はビビアーノがスイープとテイクダウンかなんかで4−0でリード。(試合内容はメモしたわけではないので、間違えてる可能性が大きいので正式なものと思わないでください。)渡辺選手はアドバンテージ止マリ。だが残り2分ぐらいで怒涛の反撃に出て、テイクダウンを2回してついに4−4まで追いつく。ラスト30で一度ブレイクのあと立ちから再スタート。アドバンテージ差では勝っていたので、ラスト30秒をこのまま逃げ切れば勝ちだ。渡辺選手も立ち技はそうとう強いのだが、ビビアーノが片足タックルでテイクダウンに成功。立ち技では渡辺選手の方が上に思えたので、この展開は意外だった。直前で逆転負けを食らってしまった。惜しすぎた。だが最後に逆転できる力を持っているのが、世界のトップの実力なのだろう。

 中堅戦は早川光由選手対ルシアーノ.ヌッチ.カスキンヤ。早川君とは今では道場は別れたが、正道柔術時代からずっと一緒に練習してきた。カスキンヤがサンパウロでの師匠とはいえ、悪いが早川君を応援することにした。二人とスパーをした感覚では技のレベルは圧倒的に早川君が上。ただカスキンヤは力が強い。あとホームであり、ハイアン軍団の応援が凄いため、実力以上のものを発揮することがある。試合はカスキンヤが引き込み、強力なスパイダーガード。過去パイシャオンからもスイープをしているから、相当下からの攻めは強い。まずカスキンヤがスイープのアドバンテージを取る。ちょっとアドバンが早い気もしたが、この辺は審判の癖なのだろう。一度早川君もパスをしかけるが、惜しくも場外のブレークがかかる。その後もカスキンヤのガードは固い。早川君もかなりいい攻めをするのだが、カスキンヤの粘りも凄い。あいかわらず応援団はカスキンヤコールで、今大会一番の応援だ。下からカスキンヤが裾をつかんでの片足タックルで更にアドバンを追加。立ちから再開しお互い引き込む。ここでカスキンヤが立ち上がり、アドバンを更に追加。カスキンヤはアドバンをリードしているため、それほど積極的には攻めてこない。上手く両足かつぎの体勢まで持っていく。さすがにパスはできないだろうが、両足かつぎの体勢はスイープしづらい体勢なのだ。結局カスキンヤはそのまま守りきりアドバン差で勝利。これで日本の負け越しが決まってしまった。早川君が言うには、カスキンヤのスパイダーはかなり強烈だったらしい。彼は下からが得意の選手なのに、なぜかレッスンでは上からの攻めばかり教えていた。あの強力なスパイダーガードを教えてもらいたかった。実力的には早川君が上であったが、試合的にはカスキンヤが強かった。確かにカスキンヤも最後は防戦一方だった。

よく柔術とかである批判が、先にポイントを取った選手が守りに回ると汚いという意見だ。正直言ってこの意見はおかしいと思う。喧嘩での実力測定であれば判定勝ちはおかしいと思うが、柔術は明確にポイントが決まっている競技なのだ。それでポイントを先攻したほうが守りに入るのは当然だと思う。サッカーにしろ他の競技にしろ守りに入っても批判はされない。格闘技でもムエタイやボクシングでもそういう批判はほとんどない。判定負けの言い訳は、負けた側の言い訳にすぎない。念のために言っておくが、これは早川君がそういう負け惜しみを言ったわけではない。俺自身が、試合後に早川君に声をかける時に、「カスキンヤは最後守りに入っていたからね」という言い訳じみた言葉をかけてしまったからだ。そこで、ふと俺の考えは間違いだと気付いたのである。プロの興行なのだから攻めろという意見も分かるが、逆に守りの技術までも皆が理解したときに、その競技はプロの競技として本当に成熟したのだと思う。

副将戦は中井祐樹選手対マリオ.ヘイス。マリオ.ヘイスは数年前に青帯だった時代に、当時既に黒帯だった中井さんとスパーリングをして、追い込んだというサブストーリーがある。因縁の対戦というわけだ。マリオ.へイスは今回のムンジアルでは世界チャンピオンになった。中井さんもここで勝てば、世界チャンピオンに勝ったということで、さらに伝説を造ることになる。試合は中井さんが引き込む。マリオ.ヘイスは下からの攻めが得意のために、中井さんが下から攻めるのは悪くない選択だ。だが世界チャンピオンになるレベルだとどの体勢からの攻めも強い。その上で絶対の型を持っているのだ。中井さんもハーフの状態でかなり粘るが、パスガード許し3ポイントを先取されてしまう。その後ハーフガードまで戻すが、足を絡んだ状態から腕十字を狙われ続ける。もぐりで上下を入れ替えたかに見えたが、マリオ.ヘイスの腕十字を極めにいった姿勢が評価され、アドバンテージがマリオ.ヘイスに入る。何とか十字は脱出するも、ラスト一分ぐらいで今度は三角絞めに捕われてしまう。やはり下からの攻めは群を抜いている。中井さんもタップはしないが、三角で絞められながらタイムアップで負けてしまった。世界というかブラジルの壁はやはり厚い。(写真:中井選手)

大将戦は福住慎祐選手対レオナルド.ヴィエイラ、通称レオジーニョとの対戦だ。レオはやばすぎた。福住さんは柔道も強いのだが、立ち技でも小内刈りでレオが2ポイント先取。すかさずパスガードを狙うが、福住さんは亀になり逃げる。ここからのレオの動きが凄い。亀の福住さんの上を何度かポジションを変えつつ、最後は倒立しながら前方にブリッジする力を利用して、バックマウントを取る。中井さんとやった時と同じ技だ。そこに行くまでのスピードが早すぎるのだ。加速装置でもついているのではないかと思うほど、人間離れをした動きだ。バックマウントからマウントを奪いに移り、最後は絞めで一本勝ち。福住さんが言うには、レオに何をされているか全く分からなかったそうだ。強すぎてよくレベルが分からなかったらしい。レオの技は全てが必殺技だった、と言った福住さんの言葉がレオの強さの全てを物語っているだろう。

結果的には日本が5−0の完敗。惜しい試合もあっただけに悔やまれる。だが日本にブラジリアン柔術が来てから10年も経っていないのに、ブラジルで日本対ブラジルが開催されるぐらいまで、日本のレベルは上がってきているのだ。5−0で負けた試合を目の前にしていうのも説得力はないが、近い将来、日本人のチャンピオンが生まれるてもおかしくない。技術においてはほぼ追いついているわけだから、後少しの何かがあれば行けるはずだ。その少しがなかなか大変なのかもしれないが、それをこれからの人達(今の人も含めて。将来の世界チャンピオンという意味で)には見つけていってほしい。(写真:福住選手)






8月3日 眺めのいい部屋

 今日でアパートの契約が切れるため、引っ越すことになる。ちょうど早川君が日本に帰国するため、その空き部屋に移動し石川さん、和道さんとの共同生活を始めるのだ。一ヶ月の光熱費は出るときに請求される。今までブラジルでアパートを借りた人の話だと、結構ここで不当に請求されることがあるようだが、俺の住んでいたアパートはそんなことはなかった。たったの11レアル。ここまで安いのも不思議な気もするがまあいいだろう。部屋のチェックも何にもなく鍵を返して終わり。いいかげんであるが、訳のわからない請求をされるよりはましかもしれない。

 新居はでかい。ベッドルームが3つあり、15畳ぐらいのリビング、6畳ぐらいのキッチンがある。また冷蔵庫、家具や食器などは全部ついている。俺が今まで住んでいたアパートもそうだし、過去見たアパートも基本的な生活用具は全部揃っている。だが洗濯機は残念ながらなかった。リオの町ではいたるところに洗濯屋がありいつも混んでいるため、どこの家も洗濯機がないのかもしれない。排水の問題さえ解決できるのであれば、長期で住む柔術家の場合は洗濯機を買った方が経済的なような気もする。炊飯器や電子レンジなどは、ほとんどの場合はないと思った方がいい。なぜかここのアパートにはコーヒーメーカーが置いてあった。これはラッキーだ。

 ここのエレベーターはスピードが速い。前のアパートのエレベーターはスピードが遅くいらいらしたものだが、そういうことはなさそうだ。しかし部屋は4階にあるのだが、エレベーターが壊れていて4階には止まらず15階まで行ってしまうことが、3回に2回ぐらいあるので、実質の速さは他のとはそう変わらないかもしれない。一番最初に乗ったときは、あまりに速いのと4階で止まらなかったため、このまま天井までぶつかるのではないかと恐怖したものだ。

 そして部屋からはビーチが見える。入り口もきれいだし、部屋としてはかなりいい部類に入るのではないだろうか。かなり快適な生活が送れそうだ。ただ男3人で、皆どちらかというとずぼらな部類なので、これから部屋がどんどん汚くなっていくような気もする。

 実は前のアパートはかなりいかがわしかった。一階にディスコとストリップバーがあり、そういう環境のためかエレベーターで会う住民達の中には派手な姉ちゃんが多かったのだ。何人かとはよく同じエレベーターになって挨拶を交わすぐらいの仲になり、一度はビーチに一緒に行く約束までしたのであるが、結局実現せずに引っ越してしまった。それだけが心残りだ。


8月6日 金曜日のモンジバカ

 朝は早起きしてデラ道場に行く。しかしデラは来ず、生徒は俺を含めて3人だけという最悪の状況であった。今週は火曜日からデラを見ていない。どこかにセミナーにでも行ったのだろうか。デラが来ないとテクニックは習えないし、なんかだらだらとした雰囲気で練習が流れてしまい、いまいちな感じだ。

 ブラジルに行ったということで、日本の道場の人達は俺が凄いテクニックを身につけたと期待しているかもしれないが、残念ながらその期待には応えられそうもない。石川さんたちが通っているブラウザ(マスター柔術と以前書いたが名前が変わったようだ)は、技は毎回いろいろ教えてくれるようでかなりしっかりしている。うらやましい気持ちもあるし、道場をブラウザに替えようかなとも正直思うこともあった。だが残念なことはブラウザは月謝に外国人価格が設定されていて、ブラジル人の3倍払わなければいけないのだ。それぐらい払う価値はあるかもしれないが、同じサービスを受けながら、外国人という理由だけで3倍の値段を払う気には全くなれない。社会主義の国と同じではないか。

デラは月謝に関しては何も言わない。たぶん払わなくても大丈夫なような気もするし、実際にムンジアルの前とかは日本人も無料で稽古をさせてもらっていた。俺の場合はさすがに2ヶ月も通い一円も払わないというのは、あまりに節操がないので、ブラジル人と同じ月謝を払っている。通常のレッスンではテクニックはほとんど増えないが、こちらから質問に行けばデラヒーバがいい技をいろいろ教えてくれるので、今週から質問をしまくろうと思っていたのだ。しかし来ないことには話にならない。

デラヒーバも不思議な男だ。今まで練習しているのはほとんど見たことがない。だが一度だけ黒帯とスパーをしているのを見たのだが、圧倒的な強さだった。日本ではなぜか尊敬されていて、多くの人がデラヒーバ先生と先生付けしている。物静かで知的なイメージを持たれている様だ。確かに他のブラジル人と違い、約束は守る。金に汚いということは全くない。だが愛嬌のあるちょっと変なおやじという印象しか俺の中ではない。道場でサッカーをしてたり、茶デブとふざけあったり、ジル.アーセンをサクラーバと呼んでからかっていたりと。(ジル.アーセンは高田延彦引退試合の時に桜庭選手に負けたフランス人。今はデラ道場に来ていて茶帯を巻いている。)傑作なのが普通のブラジル人は遠くから挨拶をするときは親指を上に上げるのだが、デラはたまにVサインをしたりする。そんなブラジリアンは初めてだ。

いろいろデラのことを書いたが、いい奴であることは間違いないし、こんな変なデラが俺は好きだ。道場にもっと来てくれれば、もっと好きになるのだが。9月に日本で試合をする噂もあるので、デラの生ファイトを見てみたいものだ。

夜はパイシャオンの道場に出稽古に行くことにした。昨年も出稽古に行ったのだが、練習が厳しく非常につらいめに会ったのであまり行きたくはなかった。だが大のパイシャオンのファンである石川さんが行くため、ついていくことにした。この滞在記もそろそろネタ切れになっているし、新しいネタとしてはいいだろう。見学だけにしようかとも思ったが、朝練もろくにできなかったし土日と練習が休みのため、俺も練習に参加することにした。和道さんは体調を崩し、朝からずっと寝ている。

この道場の場所は、外からは絶対に分からない古ぼけたビルの3階にある。通常のビルは治安のため門番がいて、勝手に入ることができない。しかしこのビルは門番もいなく、階段も薄暗く、ヤク中の奴が階段とかに座っていそうな雰囲気がある。道場がなければまず来ることはない場所だ。

練習は7時からで、通常はオズワルド.アウベス先生の指導のもと行われる。アウベスはムンジアルで入賞者にメダルを首からかける役割を担っているぐらい柔術界では権威のある人だ。しかし今日はマナウスに行っているということでアウベスはいない。代わりにパイシャオンが指導する。生徒は俺と石川さんの他は青帯と白帯。後から茶帯が一人来た。この茶帯は去年は紫帯で、紫帯の中では一番弱い奴だった。去年は紫帯以上しかいなく精鋭部隊といった感じだったのだが、今日は白帯もいるしそんなことはないようだ。去年がたまたまきつい日にあたったのだろうか。

去年は30分以上にわたる準備運動と打ち込みをやったのだが、今回は準備運動はなくいきなりテクニックをパイシャオンが教えてくれた。クウォーターを取られた時の対処を4種類。一つの技を15分ぐらいかけて細かいポイントまで教えてくれた。人数が少ないこともあって、生徒全員の技を一人一人チェックしてくれて、非常に親切だ。アウベスがいなくてラッキーだった。パイシャオンはパワーファイターというイメージがあるが、実は非常にテクニシャンでもあることが分かった。

テクニックが終わるとスパー。ここは道場が狭いこともあって一組ずつのスパーだ。去年は非常に重苦しく、その場にいるだけで疲れるような雰囲気の中、スパーをしたのだが、今回はそこまで張り詰めた雰囲気はない。

まずはパイシャオンと石川さん。石川さんも上から攻めたときはかなり健闘していた。だがパイシャオンが上になった時の攻めは圧倒的な強さと速さだ。もちろん下からでも強い。そしてモンジバカとよばれる相手の手首を極める必殺技を持っている。これがどの体勢からでも来るのだ。信じられないかもしれないが、バックマウントを取られた状態からでも極めるのである。石川さんもモンジバカをかなり極められていた。とにかく極めの力が強い。

続いて俺とパイシャオンのスパー。どこかを掴むとモンジバカが来そうで、意識がそこに集中してしまいなかなか思い通りの攻めができない。手首をとられないように脇を刺しての攻めを試みたが、今度は肘を極められてしまった。クロスガードを取られた時に脇パンチをしてガードを外そうとしたのだが、一瞬のうちにモンジバカを食らってしまった。パイシャオンとスパーをすると、柔術が格闘技であることを改めて認識できる。通常の柔術のスパーでは相手に恐怖を感じることはほとんどないと思うが、パイシャオンとスパーするとかなりの恐怖を感じる。スパーでも遊びは一切なく、常に極めを狙ってくるからだ。

今回はパイシャオンとのスパーだけで止めておいた。練習後にパイシャオンにモンジバカのやり方を何種類か教えてもらった。要は相手の肘か手首のどちらかを固定して極めればいいだけなのだが、なかなか難しい。単純な力技のような感じもするのだが、どうもそんな簡単なものではないようだ。日本に帰ったら、この技を研究しよう。しかし危険な技であるため、実験台を捜すのが大変そうだ。

やったことがないので詳しくは分からないが、合気道や少林寺も手首を極める技が多いようだ。だが型だけなので、実戦で使えるのかは疑問だ。パイシャオンはその手首を極める技をを実戦で使いこなしているから凄い。

そしてパイシャオンがいよいよ日本で初試合を行う。8月22日にパンクラスのリングで前田吉朗選手と戦うのだ。柔術の試合ではないのでどうなるのかは予測がつかない。あっさりと打撃でKOされてしまう気もするし、逆にモンジバカで手首を破壊して勝つ可能性もある。日本では誰も応援してくれないのではないか、と気にしていたので、もし大阪でパイシャオンの試合を見に行く人がいたら応援してあげてほしい。


8月10日 陽気なグレイシー

 パイ様が来てもいいと言うので、グレイシーバッハのMMAチームの練習に行くことにした。なおパイ様とはパイシャオンのことである。マッチョドラゴンがパイシャオンと練習した後に、感銘を受けまくり、パイシャオンのことをパイ様と呼び出したのだ。それにならい、俺も今後はパイ様と呼ぶことにする。この呼び方は果たして今後定着するのだろうか。仮に定着したとしても、女性ファンにパイ様と呼ばれて騒がれることは永久にないだろう。

 パイ様との待ち合わせ時間が午後1時だったので、それに間に合うように出かけた。グレイシーバッハは、バッハ地区というコパカバーナからはバスで3,40分の高級住宅街の中にある。ムンジアルの申し込みで2回ほど行っているので、迷いながらも何とか到着する。入り口の受付のところにマーシオ.フェイトーザがいたので、パイ様と約束していることを告げ中に入れてもらった。

 道場はスポーツクラブの4階にある。スポーツクラブも設備的にはかなり揃っているような感じだ。会員もどことなくハイソな雰囲気がある。道場はかなり広い。今までみた数々の道場でも一番の大きさではないだろうか。試合場が3つ入るぐらいの広さである。奥の方で何人かがキモノを着て、柔術の技の研究をしている。手前の方ではキモノを着ていない選手の集団がいて、何人かは技を研究していたが、ほとんどの選手は練習が終わったようでくつろいでいた。壁に貼ってある時間割を見たが1時からというクラスは見当たらない。パイ様の姿も見当たらない。

 仕方ないので道場の隅に一人で座ってストレッチをして、パイ様が来るのを待つことにした。すると一人の男が「××××」と放送禁止用語を日本語で笑いながら話しかけてきた。練習後に話をして初めて分かったのだが、彼はダニエル.グレイシーだった。(写真)プライドで試合をしている選手さえも、誰か分からないとは。

 「誰かと待ち合わせをしているのか?1時にパイシャオンとなのか。それは確かなのか。たぶん彼はこないぞ。練習は10時から開始なのに、何で1時なんだ。」

とダニエルは俺に言ってきた。確かにそれもそうだ。こんな遠くまで来てブッチされるとは。もしかしたらコパカバーナの道場で1時に待ち合わせだったのかも知れない。この後は3時半からボクシングのクラスがあるのだ。

 明日は4時からMMAの練習があるというので、明日見学させてくれとダニエルに頼んだ。するとダニエルは

「何で見学なんだ。一緒に練習しよう。今日も練習していけ」と言い、座っていた一人の選手を呼んでくれて、彼とグラップリングのスパーをすることになった。名前は忘れてしまったが黒帯だそうだ。スパーで極められた技が知らない技だったのでそれを教えてもらった。他の人は皆着替えていたので、スパーは一本だけで終了した。時間にして15分ぐらいはやったような気がする。

 練習を終えるとダニエルが「タカセとサクライとサクラバでは誰が一番寝技が上手いと思う?」などとかなり難しいことを質問してきた。

「グランドだけではタカセ、パウンドありではサクライ、レスリングも含めればサクラバかな」と当たり障りのない答えをしておいた。その後もダニエルといろいろ話をしたが、彼もロッポンギは最高だと言っていた。外国人にとって六本木はどんな街なのだろう??ダニエルは陽気でかなりフレンドリーな人間だった。明日も練習に必ず来いと約束させられてしまった。デラヒーバの道場に通っていることを告げたが、ここでもノープラブレムとの回答を得た。バッハのMMAの練習も一度参加しておきたかったので、これでブラジルでの大体の目標は達成できそうだ。

ところでパイ様はどうしたのだろうか。前田戦の試合前なのに柔術ばかり練習していて大丈夫なのだろうか。柔術が強いだけではMMAを勝てない時代だというのに不安になる。ここで勝てば、格闘技界限定でパイ様旋風が吹き荒れるというのに。


8月11日 グレイシーバッハ.コンバットチーム

 グレイシーバッハはスポーツクラブの中にあるため、スポーツクラブの受付を通らなければ中に入れない。昨日はマーシオがいたため何の問題もなく入れたが、今日は受付で止められてしまった。ダニエルが許可してくれたことを言ったのだが、英語が通じず5分ぐらい足止めを食らってしまった。最終的には入れたが出稽古で来るのは大変そうだ。

 道場の中で、滝川直さんに会った。来週からパイ様のセコンドで日本に一緒についていくらしい。バッハは基本的には出稽古は自由らしいが、あまり頻繁に来ると受付で月謝を請求されるとのことだ。日を空けてくれば問題はないらしい。今度はMMAだけではなくキモノの練習も来てくださいとも言われた。いろいろ親切に説明してくださって、本当に感謝だ。帰国までに余裕があればもう一回ぐらいは出稽古に来てみようかなと思う。

練習は4時からのはずだが20分遅れてスタート。全部で12人だ。パイ様は今日は来ていた。昨日は日本行きのビザの手続きで来ることができなかったらしい。昨日ダニエル.グレイシーは来ると言っていたが、姿は見えなかった。皆約束は適当だ。練習はレナード.バハルが中心となって行われる。昔リングスで見たときと髪型が変わっていたため、滝川さんに言われるまでは気付かなかった。昔は筋肉質だったような気がしたが、腹回りは結構やばい。でかいことにはでかいが、思ったほどのでかさはなかった。

まずは準備体操。続いて二人組みになり、場所を移動しながら2分ずつのトレーニング。練習に参加しているのが12人なので、6組で6種類のトレーニングだ。俺は100キロ級の黒人と組まされた。まずは上下を決めての寝技のスパーリング。手のひらで軽くパンチを入れて行う。次は立ちレスでの脇のさし合い。続いてキックミットにミドルキックを左右2発ずつ蹴り込む。4番目は片方がパンチを4連打し、もう片方がよける練習。これは攻守を交互に行い1キロのダンベルを持ち行う。5番目は足に1キロの重りをつけて、お互いに向かい合い前蹴上げを行う。最後はテコンドー用のミットに向けてハイキックを蹴り込む。これを2週する。

少し休憩して次の練習に入る。片方がタックルに行くのをステップでかわし、その後にパンチを打ち込む練習。次はパンチからタックルに入る練習。バハルが指導する。相手が右構えの場合とサウスポーの場合との2パターンを練習した。

最後はパイ様を始めとする選手のための練習。選手が3人元立ちになり、コーチの持つキックミットにパンチとキックを打つ人、立ちのレスリングをする人、寝技をやる人とに分かれる。1分半ごとにやる種目を代える。立ちレスと寝技は空いている選手が交代でかかっていく。これを休憩なしで4週する。打撃と組み技では使う筋肉、スタミナも違うため、この練習はMMAをやる人間には非常にいい練習だ。他の2選手は途中で交代していたが、パイ様は一度も抜けることなく続けていた。彼の打撃のフォームはお世辞にも上手いとは言えないが、スタミナは凄い。前田戦でもスタミナ切れでやられることはまずないだろう。

練習後は皆でジムのサウナに行った。こういうのは日本のストライプルみたいでいい感じだ。帰りはパイ様の友達の車でコパカバーナまで送ってもらった。パイ様はこれから更にアウベス道場で柔術を練習するらしい。バッハに来る前にも、アウベス道場で午前中は柔術と柔道の練習をやっていたとのことだ。一体一日何時間の練習をしているのだ。超人的な体力だ。パイ様も自分のことをクレイジーと言っていた。だがMMAの試合前に柔道の練習をやる必要はあるのだろうか。MMAの前だからといって、普段どおりの練習も欠かしていないのだろう。ブラジルの黒帯でも適当な練習しかしていない人もいるが、トップクラスの選手はやはり凄い練習をしている。改めて気が引き締まった。


8月14日 幻のニセ銅メダル

14日、15日と二日間に渡りリオ州選手権が開催されるので出場することにした。今日は自分の階級で試合をし、明日は無差別級だ。レーヴィ級から上の階級が今日行われ、明日はペナ級以下とアブソリュート級が開催される。参加費も35レアルと安く、参加人数もそれほど多くない。ムンジアルと比べるとレベルもあまり高くないとのことだ。

自分の階級である紫メジオは3時からで、和道さんの参加する茶レーヴィは4時からだ。和道さんはムンジアルはペナ級で出たが、減量がめんどくさいということで今回はレーヴィで参加する。ムンジアル後に中井さんから黒帯を許可されたが、自分に納得がいかないということで茶帯をいまだに巻いている。最近日本の柔術界では黒帯を巻く選手が増えている。俺もブラジルに来るまでは、簡単に黒帯をあげすぎなのではと思っていた。だがブラジルには弱い黒帯もたくさんいるので、そういう黒帯に比べると日本人で黒帯を巻いている人はそれ相応の実力があると思う。和道さんのように、茶帯でいい成績を残すまでは黒帯を安易に巻かないというのも、競技者としてみた場合尊敬できる考えかただ。

試合会場はボタフォゴ.クルービー。リオスーウの近くで、アパートから歩いて15分ぐらいの場所にある。試合は午後からなので、午前中はテレビでオリンピックを観戦。柔道が男女とも金メダルで、勇気付けられる。2時にアパートを出発。迷いながらもなんとか到着。ムンジアルの会場の半分ぐらいの広さだ。一瞬、会場が物凄く盛り上がっていて熱気も凄いように見えたが、たんに会場が狭いだけのことであった。

3時過ぎに計量。体重計はかなり怪しく、乗る前から0.1キログラムと表示されていた。82.2と100グラムアンダーでパス。ムンジアルで一度体重を落としていたため、今回は二日前からの減量で間に合った。というか減量のない和道さんに付き合い、二日前まで飲んでいたのだ。ビールの安いブラジルは最高だ。さすがに飲むのは夜だけに止めていたが。今回の大会はキモノのサイズは測られなかった。試合で着る予定のキモノは袖が細いため、万が一に備えもう一着用意して持っていったのだが、その必要はなかった。

試合のスケジュールおよびトーナメント表は張り出されていない。スケジュールは事前にインターネットで調べておいたので問題はなかったが、地方大会だけあって運営面とかでも規模の小ささを感じさせる。計量の時にトーナメント表を係りの人に見せてもらったが、俺の階級は6人。しかもシードされていた。シードはうれしい反面、参加人数の少なさはさびしい。最終的に棄権者が2人出たため、4人のトーナメントになってしまった。

いつ呼び出されてもいいように、アップはきちんとしておいた。ムンジアルの時は呼び出されてから少し時間はあったのだが、今回は呼ばれて10秒後に試合だった。アップをきちんとしていて助かった。

ブラジル人は寝技に比べると立ち技はあまり強くないので、立ち技で勝負する作戦に出た。というか今まで引き込むのが自分のスタイルだったのだが、MMAを考えたら良くないと思いできるだけ上を取りにいこうと考えたのだ。しかし、このブラジル人は立ち技も強く10秒ぐらいでテイクダウンされてしまった。上からの攻めも強く、結果的に13−0という大敗を喫してしまった。テイクダウン2回で4点、パスガードで3点、マウントで4点、ニーインザベリーで2点とボロボロにやられてしまった。パワー、テクニック、スタミナと全て圧倒されてしまった。試合前は優勝できるかもと考えていたが甘かった。ここで優勝できればブラジル修行も非常にいい終わり方ができたのであるが、実戦というのはドラマのように格好のよいものではない。

他の日本人の結果は、和道さんが準優勝だった。一回戦は開始15秒でスイープされ2点選手されるが、ラスト30秒でタックルを決め逆転勝ち。だが決勝はKFのモデルにもなっているコパドムンドの優勝者と戦い絞めで一本負け。こいつは黒帯でもかなり強い部類に入ると思うのだが、まだ若いということで茶帯のままらしい。アライブの小笠原さんも出場。2回勝って準優勝だった。決勝も惜しかったが、相手に引き込まれ得意の下からの攻めを封じ込められたのが痛かった。

実は俺は優勝者に準決勝で負けたので3位ということになり、メダルをもらえるはずだった。しかし一度も勝っていないのにメダルをもらうなどというのは、恥辱プレー以外の何物でもない。そのため俺は表彰式には出なかったのだが、俺と別ブロックにいた準決勝(1回戦)で負けた奴が俺の代わりにメダルをもらっていた。恥ずかしいと思わないのだろうか。無理やり表彰台に立たされたならしょうがないが、自ら進んでもらいに行くとは何を考えているのだろうか。全く理解できない。


8月15日 タックル男

 終戦記念日。日本の兵士に心の中で冥福を祈ってから、試合会場に向かう。今日は俺と和道さんが無差別で試合をし、石川さんがペナ級で試合をするのだ。

 紫帯の無差別は14人参加。俺は運よくシードだった。なんだか毎回シードをもらっている気がする。無差別の優勝者には300レアルの賞金が出る。そのため無差別しか参加しない選手もいるらしい。日本の無差別級は軽い選手も多く出場するが、こっちはほとんどがレーヴィ以上の選手だ。やはり90キロ以上の選手が数多く参加するため、軽い選手は怪我の可能性があるので参加を見合わせているのだろう。

 茶帯と紫帯は同時に進行した。和道さんが一番最初に試合をした。相手はトップチームの選手で、俺が一度体験入門した時に組まされた選手だ。80キロ以上はあるような奴だ。やはり体格差が響き、バックマウントを取られて残念ながら一回戦で和道さんは負けてしまった。続いて小笠原さんが試合をした。小笠原さんは無差別に申し込んでいなかったのだが、ノバの選手が勝手に申し込んだらしい。本人は全然やる気がなく、出場することも知らない状態だったのだ。係りの人に名前を呼ばれていたので、俺が教えてあげて、急遽出場が決まった。キモノも他人のを借りていた。相手もかなり重そうで、急な出場の割にはがんばったのだが、テイクダウンポイントを取られ負けてしまった。

 俺の相手は一回り小さい。レーヴィ級の選手のようだ。今日もなるべく引き込まずに立ち技で勝負する作戦に出た。相手も立ち技勝負なのか全然引き込んでこない。一度俺からタックルに行ったが、バッティングになってしまいコンタクトレンズが外れて一時中断。ダメージは特になかったのですぐに再会。今度は相手のタックル。倒されずに粘り、立ち技から一気にサクラバロックでひっくり返そうとした。結構極まりかけたのだが、凄いパワーで逃げられ上を取られてしまった。ここで相手にテイクダウンの2ポイントと俺にアームロックでのアドバンテージが入った。自分から引き込んだつもりだったのだが、相手のタックルを完全に切っていないと判断されたようだ。微妙なところなので仕方がない。下から草刈でアドバンを取るがスイープまでには至らない。一度場外ブレークの後、タックルでテイクダウンを取られ4−0とリードされる。やっていて相手がテイクダウンがそこそこ強いのは分かったのだが、自分より小さい相手なのでむきになって立ち技に付き合ってしまった。残り時間が少ないので下からとにかく攻めまくる。だがなかなかポイントには結びつかない。一度パスされかけ相手にアドバンが入るが、ハーフガードの状態から浅野返しでスイープし4−2となる。ハーフの状態だったのでそのまま足を抜けば逆転勝ちだったのだが、粘られて足は抜けずに負けてしまった。審判には「グッドファイト」と声をかけられた。得点を先取されていたから攻めまくっただけなのだが、それが評価されたようだ。しかし負けは負け。悔しい。

 俺の相手は和道さん、石川さんと同じブラウザの選手で、選手クラスの中では一番弱い奴らしい。そんな相手に負けてしまうとは情けない。しかし彼は準決勝も90キロぐらいの奴をテイクダウンして勝ち、決勝も2メートルで110キロぐらいの巨大な奴をテイクダウンして優勝してしまった。石川さんの話だと1回戦もテイクダウンを2回奪って勝ったとのことだ。結果論になるが寝技はそれほど強くないので、最初から引き込めば十分に勝てる相手であった。彼がそんなにテイクダウン能力に秀でた選手だとは、誰も知らなかったようだ。何か一つ強力な武器があれば紫帯クラスだと勝ち抜けるのかもしれない。

 マッチョドラゴン石川さんは一回戦はテイクダウンを2回取り、4−2で判定勝ち。準決勝の相手は赤いキモノを着ていて、見るからにやばいオーラを出していた。後で聞いたところによると、コパドムンドの優勝者らしい。昨日の和道さんの相手も赤いキモノであった。やはりあれだけ派手なキモノを着るには、それ相応の実力がないと恥ずかしい。今後日本でも赤キモノを着て試合に出る人がいると思うが、しばらくは回りからそうとう注目されることだけは覚悟したほうがいい。試合開始10秒ぐらいで飛びつき三角絞めをかけられ、石川さんも5分以上粘ったのだが、腕を外に出しオモプラータをかけさせて逃げようとしたところを、アームロックに取られて一本負け。この赤キモノの選手はまだ17歳とか言っていた。将来はどうなるのだろう。

 2日間に渡っての試合が終わった。結果は駄目であったが、試合自体は楽しかった。特に今日の試合は出せるものは出せた気がする。日本で試合をする時より、楽しめるのは何故だろう。外国ということで気持ちが燃えるからだろうか。よけいなプレッシャーがないからなのだろうか。

結局ブラジルでの通算戦績は1勝4敗と散々なものになってしまった。だが試合をしたことでいくつかの課題も見えたので、負けても得るものは大きかった。勝てればもっと良かったのであるが。残りは10日間も練習できないが、反省点を生かして頑張ろう。またフィジカルトレーニングも少しやり方を変えようと思う。重い重量を上げるのにこだわっていたが、もう少し筋持久力をつけないと試合では使えない筋肉になってしまう。パイ様にもトレ法を聞いたのでそれらを取り入れながらやっていこう。

 ブラジルでの試合の運営は最悪だと聞いていたが、全くそんなことはなかった。日本でやるブラジル人主催の大会の運営は確かに最悪なのだが。特にいい点は自分の階級の試合時間が決まっているため、日本のように朝の集合時間に来た後、自分の試合まで4時間以上も待つことはないことだ。そういえば大会参加者には記念Tシャツがもらえるはずなのだが、俺のTシャツはどうなったのだろうか。デラヒーバの道場の偉い人に聞いたら、大会の本部でもらえと言うし、本部に行けば行ったでデラヒーバ道場の人にまとめて渡したと言うし。もらえないと思ってあきらめるしかないのだろうか。


8月20日 個人授業

 ブラジル修行も残りわずかということもあり、プライベートレッスンを受けることにした。以前にも書いたがリオに来てから、デラが道場では一日一テクニックしか教えてくれず、またデラが道場にほとんど来ないこともあり、技を増やさないと今後のことを考えさすがにまずいと考えたからだ。

 先週はパイ様のプライベートレッスンを受けた。気になる値段だが、2時間で一人US150ドル。石川さんと二人で受けたため、二人で2時間300ドルとブラジル価格にしてはかなり高い値段だ。

 だが今回は特別にビデオ撮影を許可してくれた。普通は許されないのだが、パイ様との信頼関係の下で特別に俺たちだけ許されたようだ。石川さんがパイ様の大ファンであったことと、ネットカフェでの交遊がビデオ撮影の許可に結びついたようだ。そのぶん値段も張ったがまあしょうがない。ちなみにビデオ撮影なしだと、2時間で一人100ドルだ。

 今回のプライベートでは、事前に俺たちが考えた質問に対してパイ様が答えるという流れで進められた。一度パイ様が技を見せた後、石川さんが技を反復し、それに対しパイ様が注意点を指摘する。俺はその一部始終をビデオに納めた。かなり多くの技を教えてもらい大満足の2時間であった。ほとんどが知らない技であり、また逃げ方を聞いても全てが最終的には極めにつながっている。パイ様の極めへのこだわりが感じられる。ただこれが今すぐ使えるとは限らない。試合で使えるようにするには、日本に帰ってから消化した上での反復練習が必要だろう。

終了後はパイ様が、なぜか彼の持っている写メールで俺達との2ショットをそれぞれ撮影した。ブラジルでは最近カメラ付きの携帯が売り出し始められたようで、撮影をしているブラジル人を良く見る。明日はパンクラスでの前田戦だ。これがアップされるころには結果は分かっているだろう。今日は気になって眠れないかも知れない。

 デラヒーバのプライベートは格安で1時間80レアルだった。しかも石川さんと二人で受けたのであったが、俺はビデオ撮りに専念していたので一人分しか請求されなかった。今回は90分で120レアルという値段であった。

デラにも質問に対する回答という形でレッスンを進めてもらったのだが、この体勢になったらもう逃げようがないということをきちんと教えてくれたのが勉強になった。ある体勢からの逃げる技を質問すると、多くの選手が教えてくれるのであるが、大抵は試合では使えない夢系の技であることが多い。デラの場合は無理なことは無理だと言ってくれるので、これは逆に親切だ。学校や職場でも分からないことを質問すると、適当にごまかして答えた人が結構いたが、分からないことや出来ないことははっきりとそう答えてくれた方がどれだけ助かることか。

 石川さんはデラヒーバに対して、「他のブラジル人とは違う。哲学的だ。」などと相当感銘を受けていた。だがやたらとデラに胸や腕を触られたことを気にしていた。ちなみに俺は昨日は脇をもまれた。スキンシップがとにかく好きな男である。哲学的かどうかは分からないが、デラは約束は守る。キモノを頼んでもきちんと持ってきてくれるし、時間は守るし、こまかい心配りもできるし、やはり他のブラジリアンとは違うのだろう。今回のビデオ撮影も俺がデラの道場生だったから特別に許可してくれたのかもしれない。(実際は分からない。)とにかくいい人である。だが変人だ。いきなり「ウッサ.ハイ.イノウエサーン」と強い口調で挨拶をしてくる。いつも俺はリアクションに困ってしまう。この文章だけでは伝わらないデラの魅力を知りたい人は、デラの道場に一度は遊びにきてほしい。出稽古料は取られないはずなので。ただ早朝は受付の姉ちゃんが厳しいので、夕方からのレッスンに来たほうがいいかもしれない。

 今回のプライベートレッスンのことは最初は書く気はなかった。だが一応値段の相場を知ってもらうために記した。他の人の話を聞く限り、デラはおそらくもっとも安いのではないか。パイ様はビデオなしの値段であれば、まあ適当な相場であろう。だが今後プライベートの希望者が増えれば値段の相場も上がる可能性は十分あるだろう。

 俺の個人的な感想であるが、プライベートレッスンはビデオを取れないのであれば、相当の上級者でなければ、受けても損をするような気がする。細かいポイントは一度や二度説明を受けても理解できないからだ。やはり何度もビデオを見て研究しなければ身につかない。ビデオ撮影ありなら、ビデオ撮影なしの3〜4倍の値段を払ってもいいと思う。高い金を払ってセミナーを受けても、ほとんど習ったことを覚えていないということを経験した人も多いだろう。

 デラの1時間80レアルが安すぎると思うかもしれないが、ブラジルの道場での約一ヶ月分の月謝と同じ値段だ。こっちで生活している間は、それなりにこっちの物価で生活を送っているため、80レアルでも大金に感じる。生活費を削って受けたレッスンなので、せこいと思われようが、細かい技術のことは書けないのであるが、ご容赦願いたい。

 なお今回撮影したパイ様のビデオテープには「パイ@」、「パイA」、「パイB」と書いたシールを貼ってある。ぱっと見た感じかなり怪しい。成田の荷物検査で没収されないことを祈るのみである。


8月27日 禁断の扉

 ついにノヴァ.ユニオンで練習する機会を得た。本当はノヴァは見学だけにしておこうと思ったのだが、現在ノヴァで練習している日本人の選手が問題ないと言うので、体験しに行くことにした。

 夜はペケーニョに挨拶に行かなくてはいけないため、夜のほうがレベルは高いとのことだが今回は朝練に出ることにした。7時半が正規の開始時間であるが、だいたい8時ぐらいから始まるらしい。道場の場所は、住所はボタフォゴであるが、メトロだとフラメンゴの駅から5分ぐらいのところにある。

 8時ごろに到着すると準備体操をしていた。着替えていると、現ノヴァ.ジャパンで昔なつかしの正道柔術クラスで一緒だった吉田君に、4年ぶりぐらいに会って驚いた。ちなみに更衣室は存在しない。皆ノヴァは汚いと言うが、見た感じそんな汚くもなかった。だが白いキモノで練習をすると真っ黒になるということだ。指導員であろう黒帯に、デラヒーバ道場で練習しているが今日一日練習できるかどうかを確認した。彼は「全く問題ない。デラヒーバはファミリーだ」と答えてくれた。何がファミリーなんだと思ったが、ノヴァの創始者のアンドレ.ぺデネイラスもデラも、元はカーソン.グレイシー道場の出身ということが後から判明した。柔術界では常識らしい。

 朝は白帯、青帯が多く、技も特に目新しくなく基本的なものであった。スパーは7分。やりたい人が真ん中に出て、相手を適当に探してスパーをする。今までの道場はほとんど全部が、先生がスパーする組を指定していたのだが、ノヴァは違うようだ。スパーは2本だけ青帯とやり止めておいた。実はクラスの後にヴァーリ.トゥードの練習があるということでそれに出るため、柔術クラスは手を抜くと言っては失礼だが、軽めに抑えておくことにしたのだ。

 柔術の練習は9時ごろに終わったが、ヴァーリ.トゥードの練習は始まる気配はない。待っている間に紫帯の黒人が、いろいろ技を教えてくれた。彼の動きはかなり洗練されているように感じた。かなり強いように思われる。

 結局ヴァーリ.トゥードの練習は行われなかった。もうこういうことには慣れてしまったので、特に怒りとかはない。ただ練習できなかったのが残念だ。聞いた話だが、ノヴァのヴァーリ.トゥードはファス.ヴァーリ.トゥードと一緒に練習をしているらしい。いつもなら水曜日はペドロ.ヒーゾが来るらしい。今回は練習できなかったが、練習した人の話によると特に変わったことはしていないとのことだ。

 ノヴァで出稽古したからには、触れなければいけないであろう事が一つある。結論から先に書くと、ノヴァで出稽古することは全く問題はない。もっともグレイシーバッハ所属ならどうなるか分からない。また黒帯で道場の看板を背負う選手になると話は別かもしれない。そして、ノヴァ.ジャパンもブラジルでのノヴァでの出稽古に関しては全く関与していないということだ。どうも俺を含めて柔術界では、ノヴァで練習するにはノヴァ.ジャパンの許可を得なければならないとの認識があるようだが、それは全くの誤解であることが判明した。練習したければ他の道場と同じように勝手に行ってかまわないとのことだ。ノヴァ及びノヴァ.ジャパンに関する変な先入観は持たない方がいいだろう。今回のことで分かったのは、ネットの影響力のでかさだ。俺も今まで好き放題に書いてきたが、ブラジルの情報量は少ないので、俺の書いたことでも他人に影響を与えている可能性が大きい。嘘は書いてないが、あくまで俺の体験だということを改めて書いておく。例えば俺がぼられかけた道場であっても、他人が行けばブラジル人価格での可能性もある。なので俺の滞在記も全てを信じずに、一つの参考として利用するにとどめて欲しい。


8月28日 ブラジルから君へ(最終回)

 ブラジルでの総括的なことを最後に書こうと思う。

 まず最初に滞在記を書いた時点では分からなかったのだが、後から判明したことを修正しておきたい。セゾンアメックスのカードであるが、コパカバーナの普通のキャッシュディスペンサーで使用することが可能であった。一番使えそうなシティイバンクのキャッシュディスペンサーで、なぜ使えないのかという疑問は残るのだが。また一回ではなく一日に下ろせる上限額が決まっているため、強盗に脅されても全額財産を取られることもない。

 治安に関して言えば、俺自身は何もなかったのであるが(スキミングは身体に被害がなかったのでここでは除く)、それだけで安全だと言い切る事はできない。確かにコパカバーナでは夜中の1時とかに、女性が一人で街を歩いている女性とかもいた。コパカバーナは比較的安心なのかもしれない。だが俺はいつも心の片隅ではどこか危険を意識していた。そういうことを考えている状況というのはやはり危険といっていいだろう。だが普通に街を歩いて銃撃戦に巻き込まれるなどということはまずないので、必要以上に危険だとは思わないことだ。要は危険な地域に近づかなければいいのである。もっとも普通の旅行者にはどこが危険な地域というのは非常にわかりづらい。人通りが多いところを歩くとか、そういう基本的な対策は必要だと思う。

気をつけて欲しいのはファベイラだ。普通にしていればまず行くことはないと思う。だが誤ったバスとかに乗ったら、ファベイラ行きに乗ってしまう可能性がある。有名な「地球の歩き方」にはなぜかファベイラの情報が載っていない。このガイドは持っていってもいいが、重いだけで、あまり使うことはないだろう。現地のインフォメーションで無料のガイドブックや地図をもらうのがいいと思う。

 言葉は英語はほとんど通じない。コパカバーナは比較的英語が通じやすい地域であるが、それでも10人に1人ぐらいにしか通じない。ポルトガル語のほんとに簡単な言葉でもしゃべれば、かなり喜んでくれるので少しぐらいは覚えた方が楽しいだろう。ブラジルなので英語が通じなくてもしょうがない。その国ではその国の言葉を話すのが礼儀だ。(短期の旅行者には無理なことは百も承知だ。俺自身も英語でコミュニケーションをとっていたのだから。)だから日本に来る外国人は日本語をしゃべるべきだと思う。だいたい日本人は英語(欧米)に関して変なコンプレックスがあるような気がする。英語が必要のない会社でTOEICのテストを無理やり受けさせるなど、何の意味があるのだろう。またやたらと外資系の企業が優秀と考える風潮など。外資系は給料は多少高いかもしれないが、俺が今まで監査をした外資系の会社は、特に優秀というわけでもなんでもなかった。もちろん優秀な人もいるのだが。英語を多少あやつるだけで、優秀視される日本はすこしおかしい。ブラジルに行く予定がある人は、英語を勉強するよりも、ポル語の勉強をするべきだ。

食べ物であるが人により個人差がかなりあるような気がする。ブラジルの料理はアジアのようなくせのある料理ではない。一回目からまずいと感じる人はあまりいないと思う。ただ皆途中で飽きるようだ。俺も塩味には飽きたが、食べられなくなるほどではなく、むしろ肉を食べる量が増えたため、それにあわせて体重も増えてしまった。逆にマッチョドラゴンは途中から肉を食べるのがつらく、体重も減ったらしい。サンパウロに住むならリベルダージで日本食が安く食べれるのでそんなに問題はない。

 リオではポルキロという量り売りのレストランは便利だ。これはグラム辺りの値段を設定しているのだが、店によって値段が違う。だいたい100グラム1.8ぐらいが相場のようだ。俺がよく行ったポルキロは、100グラム1.09という激安のポルキロで、皆激ポルと呼んでいた。だがポルキロは味気ない。これは料理がという意味ではない。セルフサービスなので、店員とのやりとりとかが全くないのだ。飲み屋を兼ねたようなレストランでは、他の酔っ払いの客と一緒に飲んだりすることもあるが、ポルキロではそういう交流はまずない。

 酒は安い。ビールなど缶ビールをスーパーで買うと、一番安いのは日本円で30円もしない。一番高くても60円ぐらいだ。本当はリオでは昼からビールを飲みながらビーチでくつろぎたかったのだが、練習に影響があるのでできなかった。サンパウロでは瓶ビールが、リオでは生ビールが良く飲まれるようだ。俺は日本では生ビール派だったのだが、ブラジルの瓶ビールはぎんぎんに冷えていてかなりいける。日本の居酒屋ももっとビールは冷やして欲しい。

 一回だけ行った道場も含めると数々の道場にお世話になった。サンパウロではバルボーザ、ゴドイBTT、カスキンヤ、ホシアン、グレイシー.サンパウロ。クリチバではムエタイドリームチーム、シュートボクセ。リオではブラジリアントップチーム、デラヒーバ、ワールドファイトセンター、ブラウザ、アリアンシ、オズワルド.アウベス、グレイシー.バッハ、ノヴァ.ユニオン。

出稽古の是非についてはいろいろな考えがあることは承知している。俺がいろいろな道場に出稽古に行ったことに対して否定的な意見もあるだろう。それは考え方の違いであるのでしょうがない。出稽古反対論者の意見も分かるが、ブラジルまでせっかく来たのであるし、俺はブラジル人がどういう練習をしているのか興味があったので見てみたいと思ったのだ。少しは(多くかも)ミーハー的な感覚もあったことは認めるが。(滞在記も有名選手との写真ばかりで、ただのおたくみたいで恥ずかしい。)まあ出稽古に行っても俺ごときが一度練習しただけで、その道場の強さの秘訣が分かるわけもない。また俺が習った技術が流出したところで、どうせ誰もが知っている技術なので問題はないだろう。

俺なりに筋を通したことは、まずデラヒーバに通う時にサンパウロでカスキンヤのところで練習していたことはきちんと話をした。リオではデラヒーバ所属なので、行く先々ではデラヒーバに通っていることだけはきちんと話はした。さすがにサンパウロの道場や今まで出稽古に行った道場のことは話はしなかったが、そこまでは話す必要がないと判断したからだ。またデラヒーバに対しても、出稽古が駄目な道場があるか聞いたが、どこに行っても問題ないとの回答はもらっていた。俺が行ったどこの道場でも出稽古はかなり歓迎してくれた。日本人だからだということもあるだろう。昔はグレイシーが、日本人は敵になる可能性があるから技は教えられないと言っていた時代が懐かしい。それだけ日本人は実力的に舐められてしまっているのだろう。どこからも出稽古禁止になるぐらいに、日本人の実力が恐れられる日はいつか来るのだろうか。

今回のブラジル修行は自分にとってどうだったのだろうか。総合をやりに来たのだが、ほとんど柔術の練習になってしまった。今までも書いたかもしれないが、ブラジルに総合の練習をしに来るのはあまりいい方法ではないかもしれない。打撃とレスリングの細かい技術は日本の方が上だろう。MMA用の特殊な技術練習をしているというよりも、個々の選手が柔術で習った技を個人の裁量でMMA用に変換しているような感じがする。もっともたった一日の出稽古や見学だけで、ここまで言い切る自信はないが。

柔術に関してはいい練習ができた。だが技術面では日本ともうあまり差はないだろう。弱い黒帯もいることがわかった。今後は日本人の黒帯もどんどん増えていくだろう。俺の場合は特に大型選手とスパーできたことがかなり良かった。日本だと柔術で80キロを越えるような選手はほとんどいないし、同体格の選手もなかなか少ないのだ。ブラジルでは逆にメジオ級の選手が一番多いらしい。

総合的に見たら、やはり来てよかったと思う。もっと上手く立ち回れた気もするが、自分としては上出来だ。練習以外でもいろいろな経験ができ、知り合いも増えた。これらは一生の財産になるだろう。

何かいろいろ書き忘れていることもあるような気もするが、この辺で止めておこう。改めて最初から読み直すと、形式面では漢字の間違いは多いし、文章も変な箇所もあるし、字体とかも含めて読みづらい箇所もあり、かなり読者には迷惑をかけた気がする。また馬鹿な行動も数多くやっていてかなり恥ずかしい。もう一度ブラジルを最初からやり直したい気もするが、その時々の苦労や失敗も今となっては楽しい思い出に変わりつつある。この滞在記を読んで、少しでもブラジルや柔術や格闘技の楽しさを感じることができていただいたなら幸いである。誤った情報もあるかもしれないが、ご容赦いただきたい。最後まで読んでいただいた方々どうもありがとうございました。