VALE TUDO、TOPA TUDO
〜あつしさんのブラジル格闘滞在記 VOL.4 リオ編〜
     井上 敦
valetopa2004@yahoo.co.jp


7.1 ブラジリアン・トップチーム
7.2 アパートの鍵貸します
7.3 脱出
7.4 スパイダーマン2
7.5 二つの道場
7.6 入門デラ道場
7.7 トップチーム再び
7.11 あずみ
7.13 ムンジアルに向けて
7.16 ワールド・ファイト・センター
7.19 タクシードライバー
7.21 ムンジアルの前日 「最強紫」の影
7.22 ムンジアル初日〜女グレイシー
7.23 ムンジアル二日目〜燃えよ!マッチョ・ドラゴン
7.24 ムンジアル三日目〜初勝利
7.25 ムンジアル最終日〜ブラジルの壁




戦う公認会計士バーリトゥーダー、井上敦ストライプル



7月1日 ブラジリアン.トップチーム

 昨日はサンパウロからバスで約6時間かけ、リオ.デ.ジャネイロに到着した。着いたのは夜8時を回っていたため、荷物も多いし安全のためタクシーに乗り、あらかじめ調べておいたホテルに行く。

アングレンセという安宿だ。安宿といっても、一泊60レアルもする。これもキャッシュで払った場合の割引価格である。このホテルはかなりぼろい。まずトイレとシャワーが共同である。また壁が非常に薄く、馬鹿騒ぎしている他の旅行者のおかげで、何度も夜中に起こされてしまった。冷蔵庫も部屋にはないし、テレビの映り方も中途半端だ。しかも部屋がかび臭いと、設備面でいいところは一つもない。強いてあげれば共同シャワーのお湯がきちんと出たことぐらいだ。従業員も本当に接客業なのかというような舐めた態度だし、何を聞いても分からないの一点張りで、ぶん殴りたくなった。どうもコパカバーナとかの海岸の近くは宿代が高いようだ。サンパウロがブラジル中では一番物価が高いらしいが、観光客相手のものになるとリオのほうが高いのかもしれない。

 こっちに来ているはずのイズマエルに電話をしたが、引越しをしたようでいないとのことだ。メールをしても送信エラーで戻ってくる。直接ブラジリアン.トップチームに行って捕まえるしかない。

 木曜日のトップチームの練習は朝10時からのプロ選手のレスリングコースと、13時から柔術のコースがある。プロコースは練習できるか分からないが、一応レスリングシューズをキモノとともにかばんに入れた。
 去年トップチームには見学に行っている。その時はタクシーで行ったため、場所がどのへんか記憶が無い。だがHPに載っていた住所を見ると、池沿いの大通りにあることが分かった。レブロンだったと思ったのだが、LAGOAとなっていた。タクシーで行こうかとも思ったが、財布の中にキャッシュがあまりなかったためバスで行くことにした。とりあえずレブロンまで行き、そこから歩くことにした。バスは1.5レアルのと1.6レアルのとが走っていた。違いはよく分からないが(たぶんエアコン付か否かとかだと思う)、俺が乗ったのは1.5のであった。確か去年は1.4だったので(なぜかこういう細かい数字は覚えていた)、インフレが昔ほどではないにしろ進んでいるのだろう。

 レブロンに到着。住所の通りは大通りのためすぐに分かった。LAGOAの方に向かえばあるだろうと思い、とりあえず大通りを池沿いにLAGOA方面に歩く。ちゃんと歩道が整備されていて、一般の人達が散歩やジョギングをしている。なんだか優雅な感じがする。池越しにコルコバードの丘も見えるし、散歩するにはいいコースだ。途中、体育大学みたいなのがあって、固定されたボートで、皆でボートを漕ぐ練習をしていた。あれって固定されていても意味があるのだろうか。さらに進むとヘリポートがある。これは観光用のようだ。値段は高そうだが、ヘリから夜景とか見たら相当きれいなような気がする。だんだんコルコバードが大きくなっていく。ふと思った。去年トップチーム来たときにはコルコバードってこんなに大きく見えただろうか。どうも通りを、トップチームと反対側に歩いていたらしい。なんてことだ。

 何故このような間違いを犯してしまったのだろう。一つはLAGOAという住所にだまされた。とりあえずLAGOA方面に歩けば着くと思い込んでしまったのだ。だが実際の住所はレブロンであった。LAGOAという表記が誤りなのか、それとも地図が誤っているのかは分からない。それと去年来た時に道場の外で見た景色を、誤って記憶していたことだ。正確にはこの言い方は正しくない。ほんとは記憶していなかったのだと思う。今回、通りを歩いているときに見た景色を、勝手に去年見た景色だと頭の中で自分の都合のいいように変えてしまったのだ。まあ景色が良くて歩くのが気持ち良く、立ち止まって自分の位置を確認しないのが悪かったのだ。

 来た道を引き返す。最初の場所まで往復40分以上も歩いてしまった。トップチームの場所は最初曲がったところを逆に行けば、1分かからない場所であった。

 トップチームはAABBというスポーツ施設の中の一角にある。去年来た場所は改装中で、トップチームもAABBの奥のほうに移転していた。水泳やテニスなどをやっている人もいるし、ラウンジもあり、金持ちのスポーツ施設っぽい。

 着いたのは11時。マリオ.スペーヒーの他、知らない選手が5,6人座ってだべっていた。緊張感がない。イズマエルのことを聞いたら、ここ1週間ぐらい来ていないので怪我でもしたんではないか、ということだった。予定が大幅に狂ってしまった。リオではイズマエルを頼りにしていたのだが、全部自分でやるしかなくなってしまった。

 仕方がないのでレスリングクラスを見学することにした。11時15分ぐらいからスタート。10時開始とHPには載っていたけど、ブラジルらしい。途中からも何人か選手が遅刻してくる。遅れてきた中にはノゲイラがいた。兄か弟か分からないが、相当に体調が悪そうで、肘にはテーピング、指も添え木で固定していた。あとパウロ.フィリョもいた。どちらかの手が包帯で巻かれていて、練習はできないようで、見学していた。

 練習はブラジル人のコーチの指示に従って行う。まずはその場でもも上げダッシュ。続いて脇のさしあい。両足タックルの打ち込み。タックルで持ち上げる練習。たぐりの打ち込み。打撃のシャドーをやりながら、タックルとタックル切りをコーチの掛け声に合わせて行う練習。ゴドイのところでもやっていたやつだ。メニューを代えるごとに脇のさしあいはやっていた。この練習も集中してやるというより、結構だらだらやっているように見えた。途中で携帯電話がなったら、練習を中止して取りにいく始末である。休憩も適当にとりながらやっていた。なんだかイメージと違う。

 基本が終わるとスパーリングだ。純粋なレスリングのスパーというよりは、サブミッション込みのスパーだ。だが完全にガードになったら、また立ち技から始まっていた。ここではノゲイラ以外の選手も皆スピニング.チョークを使っていた。結構誰がやっても極まりやすい技のような気がする。レスリングをしながら編み出したのだろうか。

 午後一時からは柔術の練習だ。これは時間通りに始まった。結局イズマエルは来なかった。帰ってアパートを捜そうと思ったが、先生が参加して行けと言うので参加することにする。ランニングから始まり、受身、エビ、ブラジル体操、腕立て、腹筋とやる。まあどこの道場も大体同じ感じだ。

 テクニックはチョークのバリエーションを2種類と、亀の相手の崩し方を習った。

 続いてスパーリング。まずは亀の状態からの攻守を2分ずつ。習ったテクニックのポジションからスタートさせて効率よくテクニックを覚えれるというわけだ。その後はフリースパーリング。10分間と時間を決められ、先生の指名した相手とスパーする。先生も参加していた。俺は一番の巨漢の茶帯とやった。皆膝立ちから始めるのに、なぜか彼だけはクロスガードから始めていた。10分で6,7回極められた。そのうち4、5回は足関節だった。サンパウロでは足関節はほとんどやられなかったため、足への反応が悪くなっている。それは抜きにしても、こいつは相当強い感じがした。1分ほど水飲みの休憩。次はペドロという先生の黒帯とやった。ちなみにトップチームは黒帯の先生は数人いて持ち回りで授業をやっているみたいだ。今回は5分だ。三角を逃げようとしたら、手が相手との体の間に挟まってしまい、手首固めを極められてしまった。なんか偶然のような感じだったのだが、狙ってやったとしたら凄い。休憩なしで、茶帯の選手とスパー。これも5分。ハーフまでは行くが結局パスできなかった。これでスパーは終わりだ。最初の10分は長いが、合計で20分と物足りない感じだ。

 練習が終わって、先生と値段のことなどを話す。今回は体験なので無料だとのことだ。まあそれはそうだろう。人に参加させといて後で金を取ったら詐欺に近い。だがやたらと今回だけと主張いていたのが気になった。一ヶ月の値段はUSドルで100ドルとのことだ。覚悟はしていたが高い。イズマエルがいたら少しはやすくなるかもしれないと思ったが、無理っぽい。というのも、HPで短期でくる外国人の授業料に関しては説明されているのだ。後から確かめたがなんかいろいろ理由をつけて高いことを正当化していた。まったく理由になっていない気もしたが、文句を言ってもしょうがない。

 MMA(総合格闘技のこと)にも参加したいことを言ったが、最低3ヶ月はここで練習した後でないとだめだと言われた。イズマエルもMMAの練習はさせてもらっていないようだし、HPを見てもトップチームと契約しなければならないようだ。どうも強力なコネがないと、MMAの練習をするのは難しい。それか、ある程度の実績があれば話は変わったのかもしれない。

 MMAの練習もできるか分からないので、月謝も高いトップチームにこだわる理由はなくなってしまった。なんだかサンパウロに続いて、道場選びが上手くいかない。後はグレイシー.バッハが候補にある。ノバは後々いろいろ問題が起きそうなので除外するとして、後はどこがあるだろう?当初の予定と違って柔術だけの修行になってしまいそうだ。そうなったらムンジアルが終わったら、日本に帰国したほうがいい気がしてきた。


7月2日 アパートの鍵貸します

 イズマエルに会えないため、自力でアパートを捜す羽目になってしまった。まずは不動産屋捜しからだ。どこにあるかフロントで聞いても回答を得られないので、近くの旅行会社を数件回った。旅行会社であっても英語が分かる人はほとんどいない。そのため、なかなか思い通りに行かない。ようやく何件かアパートを紹介してくれる旅行会社があった。しかし、最低でも1500レアルからということだ。高すぎる。交渉しても、コパカバーナは高いの一言で終わらせられてしまった。もう一軒行ったが状況は変わらない。ポルトガル語ができないから相当足元を見られている。

 何件回っても状況は変わらないような気がしたので、日系の旅行社に電話することにした。サンパウロでも世話になったアルファインテルだ。ここで飛行機のチケットも買っているし、多少利用してもばちはあたらないだろう。

 日本語が通じるスタッフが対応してくれて、コパカバーナで1000以下で捜してくれるように頼んだら、快く了承してくれた。言葉が通じるとこんなにも楽なのか。それと日系の旅行社ということもあるのだろう。

 ホテルで電話を待つ。本当は一秒でもこのホテルの部屋には居たくないのだが、やむを得ない。電話があり、280のと600のとが今すぐあるとのことだ。280のは大家さんの家に住み込むらしい。もちろん部屋は一人一部屋だ。600のは少しだけ危ない場所らしい。

 280の部屋を早速見に行くことにした。日本語ができる人が、その部屋に泊まっていて、今いるとのことなので話も楽そうだ。その人(Iさん)は日本人とブラジル人とのハーフで、昔日本で働いたこともあるらしい。日本語は5割くらい通じる。分からない言葉は辞書を使いながら、会話したので、ほぼ問題なくコミュニケーションできる。

 残念ながら部屋は一人一部屋ではなかった。二部屋あり二人しか住居人がいないため、今はたまたま一人一部屋状態らしい。1,2泊ならいいが、さすがに一ヶ月の相部屋はきつい。しょうがないので、大家とIさんと600の部屋を見に行く。

 600の部屋はコパカバーナからセントロよりの方でリオスーウというショッピングセンターに行く道路の近くだ。地図でいうとコパカバーナの右側である。

 部屋に行き、大家が鍵を開ける。中に、なんと人がいた...もちろん生きている人間である。大家の友達が勝手に貸していたらしい。なんかめちゃくちゃだ。大家とその住人も相当熱く口論していた。かわいそうなのは住人である。いきなり分けもわからない人間に乗り込まれて、怒鳴られて。彼ら(二人で住んでいた)は10日までの契約らしい。10日まで待ってくれと言われたが、俺もアングレンセに後1週間も居るのは耐えられない。別のを捜すことにした。

 すぐ近くの不動産屋が大家の友達の経営らしい。勝手に貸した友人と同一人物かは分からないが。900の部屋ならあるというので見に行くことにした。そんなに悪くない。一発目でここなら、間違いなく即決しただろう。さっき見た600の部屋よりは広い。1Kでベッドルームが9畳くらいある。だがいきなり1.5倍になると躊躇してしまう。Iさんに通訳してもらったが、海に近くなるほど高くなるらしい。たしかに海までは徒歩30秒である。だが600の部屋は徒歩1分だし、コパカバーナの一般に人が住む地域ならどこでも徒歩2分ほどでビーチにつく。

安くしてもらうように交渉したが上手くいかず、高いと思ったがしかたなく契約した。もう夕方であったため、今から新しいのは捜せない。明日は土曜なので不動産屋は午前中しかやっていないし、新しい部屋を探すと下手すれば月曜になる。火曜から住むとして、アングレンセに後3泊して180を払うのであれば、900でもそんなに損はしていないとの計算だ。

 ありえないとは思うが、高い部屋を貸すために、大家と不動産屋がぐるになっていたら面白いというか手の込んだやり方だ。でもそこまでするなら、もっとふっかけるだろう。

 夜は7時半からのデラヒーバの道場のレッスンに参加することにした。実は過去2回ともデラヒーバの道場でお世話になっている。非常にいい道場だ。残念なのは柔術だけの道場だということだ。トップチームが無理だし、バッハに通うには遠すぎるし、デラのところにしようと半分くらい思っている。

 入り口でばったりデラヒーバに会った。俺のことを覚えていてくれて歓迎してくれた。デラヒーバは歓迎のときに、やたらと人の体を触る。特に腕とか。そのやり方が去年と全く同じなので、笑ってしまった。去年は触られて結構怖かったのであるが。どうでもいいことだが、英語で会話する時に、デラヒーバは自分のことを「I」と言わずに「デラヒーバ」と言うので、インチキ外国人みたいでおかしかった。

 クラスはデラも帰ってしまったので、テクニックはなく、前のクラスの延長のような感じでスパーにまぜてもらった。黒帯三人と紫帯とスパーリングをした。なんだかこの道場は黒帯が無駄に多い気がする。黒帯でもいろいろなタイプや強さがある。テクニックで圧倒されると絶望的な気持ちになるが、今日スパーした内の一人は体格差だけで攻めてきて、上手さや強さを感じなかった。今回のブラジルで、いろいろな黒帯とスパーしたが、黒帯への幻想は完全に消えた。その代わり、青帯とかにもやられてしまっているのでどうしようもないのだが。

 金曜日のためか8時過ぎには終わってしまった。デラの道場はスポーツクラブの中にある。ウェイトの設備を見学した。一通りは揃っていて広くていい感じだ。ウエイトの会員は月謝が一ヶ月125だが、柔術とセットだと60に割引される。柔術の月謝は95だ。125は高いと思ったが、いきなり半額以下の60になると結構安く感じる。日本のストライプルが入っているゴールドジムはセットでやっても、2000円しか割引がない。もう少し割引していただけると助かるのだけど。


7月3日 脱出

 11時に不動産屋に金を払いに行くので、それまでに荷物を片付け、日本で行われたDEEPの結果をネットカフェに調べに行く。勝った友人もいたが、二人ほど負けてしまった。いつも一緒に練習していたし、その強さを知っているだけにショックだ。やはり本番の試合は何が起こるかわからない。真剣勝負の怖いところだ。

 チェックアウトしタクシーを呼んでもらうようにフロントに頼んだ。アングレンセは道路沿いでなく敷地内にあるため、タクシーがホテルの前を通らないのだ。フロントの回答 は、自分で道路まで出て捕まえろとのことだ。最後の最後までこのホテルは終わっていた。

 ガイドブックには別のホテルの説明で「フロントは親切かつ丁寧で」と書かれていたが、こんなのはホテルであれば当たり前の話だ。そういう当たり前のことを書くのであれば、接客業において当たり前のことをできないアングレンセのようなホテルを糾弾してほしい。フロントに従業員がいないことも多々あり、第三者が勝手に潜入することも可能な感じだ。俺自身も、何度か勝手に自分の部屋の鍵をフロントから取っていった。もう二度と泊まることはないだろう。値段が安いから設備が悪いのは納得できるが、それ以外も最低であった。安全面とか考えても、多少は高くても別のホテルに泊まったほうがいいだろう。というよりも値段が安いからこそ、安全面も悪いのだろう。これを読んで、リオに行く人もここには少しは泊まる気は失せたかもしれない。代わりの安宿を紹介できないのが申し訳ない。

 不動産屋に行き料金を払い、事務手続きは無事終了した。部屋はきれいに清掃されていた。テレビはあるがケーブルテレビではない。洗濯機がないのが残念だが、洗濯機付の部屋はあまりないのでそれまで求めると、ちょっと見つかるのに時間もかかるし値段が上がってしまう。目の前にはランドリーがあるのでまあ便利だ。

ランドリーも場所によって仕組みが違うので、去年は最後まで良く分からなかった。どこまでがセルフサービスなのかが結構不明なのだ。目の前の店はセルフと全部やってくれる方式と二つあり、それが明確に分かったためセルフを選んだので多少は安くなるだろうが、洗濯だけで一回6.9レアルだ。これも毎日だと結構金がかかってしまう。乾燥機はキモノが縮む恐れがあったので使うのはやめておいた。

他のランドリーではキロ当たりの値段を設定していて、預ければ全てやってくれる店もあった。便利なのだが、練習後だとキモノが汗を吸い込んで通常の状態より1キロ以上重くなってしまうこともあるため、柔術家はあまり利用しないほうがいいだろう。


7月4日 スパイダーマン2

 日曜日。リオの場合はビーチがあるので、やることがなくてもビーチに行けば時間は潰せる。ただ最初からあまり日焼けをしてしまうと、肌が痛くてキモノが着れなくなるため、午前中1時間くらいに留めておいた。明日から徐々に焼く時間を増やしていくことになるだろう。ブラジルから帰ったときに、色が黒いほうがいかにも修行した感じが出ていいからだ。

 午後からリオスーウというショッピングセンターに行く。アパートから5分ちょっとで行ける。ぶらぶらと中を歩いていると、映画館が一角にあった。ちょうどスパイダーマン2がやっていた。昨日公開だったような気がする。まあ英語が聞き取れなくても、内容は分かりそうだから観ることにした。

 ポルトガル語の題名は「HOMEN ARANHA 2」。きっと「SPIDER MAN 2」をポルトガル語に置き換えただけなのだろう。後で調べてみたら、語順は逆であったがそのとおりであった。わざわざ訳さなくてもいいのに。こういうのを見ると、日本語のカタカナというのは、非常に優れた表記法だ。外国の言葉を無理に日本語に置き換えないで、そのまま伝えるのであるから。入場料は16レアル。電工看板を見ていたら、どうも平日の昼間は11レアルで、後は時間帯や曜日で値段が変わるらしい。日曜は最高の額のようだ。

 他の観客は、ポップコーンとでかいコーラを買うのに並んでいた。ブラジルもアメリカ大陸のため、こういうところはアメリカっぽい。日本の映画館でもポップコーンは定番だ。あまり映画を観るときに食べるものではないと思うのだがなぜだろう。こんなところまでアメリカナイズされなくてもいいのにと思う。

 ショッピングセンターの中なので、画面は小さかった。まあしょうがない。席はほとんど埋まっていて、俺が座った席の周りはおそらく高校生であろう軍団だ。合計8人ぐらい。こいつらがうるさくて参った。「I LOVE YOU」と言う台詞があると真似して「I LOVE YOU」とか言っているし、映画を観ながらいちいち大騒ぎで反応している。これが若さか。

 俺は一番端だったのだが、椅子には座れなかったカップルが、斜め前の通路に座っていた。こいつらは途中まで、ずっといちゃいちゃしてて全く映画を観ているような感じはない。しかも途中で出て行く始末だ。俺も彼らの観察をするだけで、危なく映画を見逃すところだった。

 困ったのが、字幕が台詞と同時に出てしまうことである。それは当たり前のことなのだが、字幕の台詞を観た瞬間に観客が笑ったり騒いだりするために(周りの高校生以外も)、しゃべっている台詞が英語ということもあるが全然聞き取れないのだ。特にラストのほうは何も分からなかった。まあおおよその想像は着くのだけど、いちおう日本でレンタルされたら確認しよう。

 そしてエンドロールになった瞬間、館内の電気がついて皆退場。エンドロールを観る観ないは個人の勝手だが、電気をつけるのはどうかと思う。いい曲が流れていたら、浸りたい人もいるだろうに。

 あらためて日本人のマナーの良さを感じた一日であった。


7月5日 二つの道場

 朝6時半起床。7時からの朝のデラヒーバのレッスンにでるためだ。こんな早起きをすることは年間に10回もない。今日は夜は別の道場に行くつもりであるので、そこで練習できない時のことを考え、朝のうちに最低限の練習はしておかなくてはならない。

 道場まで歩いて20分弱。若干遠いが歩いている内に、目が覚めていくのでちょうどいい。道場に到着。生徒はブラジル人とフランス人2人と俺だけであった。やはり7時は早すぎる。外国からわざわざ来ている生徒は積極的に朝も出るだろうが、普通は夕方から出れば十分だろう。徐々に増え、最終的には8人になった。

 去年は結構、朝連に出ていたのだが、朝連に来るメンバーは同じようで、ブラジル人5人のうち4人が去年と同じメンバーであった。驚くべきことに全員帯が一つずつ上がっていた。去年は、茶帯の黄ばんだキモノをきていたデブがいて、俺たちはそいつを茶デブと読んでいた。この茶デブまでもが黒帯になっていたのだ。こいつのことをこれから何と呼べばいいのだ。彼は試合に出て勝ったうえで黒帯になったのだろうか。何かそんな感じもしないのだが。ちなみにキモノは相変わらず黄ばんでいた。柔術の帯は昇級するのが難しいはずなのだが、この道場では比較的易しい感じだ。一年に一つずつ上がるのだろうか。年功序列というのもいいとは思うが、柔術においてはそういうのはやめて欲しかった。せめて茶帯どまりにするとかして欲しい。

 朝は重たいのが茶デブだけだったので、比較的楽にできた。7分ぐらいのスパーを3本。もう少しやりたかったが、周りが皆疲れていて8時過ぎには練習は打ち切りになった。物足りないが、朝からあんまり飛ばすよりは、これくらいがちょうどいいのかもしれない。もちろん2部連を前提とした場合の話である。

 夜はニテロイのペケーニョの道場に行くことにした。松倉メモに住所と練習時間が書かれていたので、それが唯一の頼りである。ペケーニョとはポルトガル語で小さいという意味だ。本名はアレクサンドレ.フランカ.ノゲイラ。ペケーニョとかいうと弱そうだが、修斗のライト級のチャンピオンで、半端なく強い。特にギロチンチョーク(前腕チョークでなくフロントチョークのこと)は一度入れば、ほぼタップを奪う必殺技だ。

 ニテロイは市の名前で、リオ市からは橋を渡り行くようだ。ガイドの地図には載っていないので、観光案内所に場所を聞きに行く。だが観光案内所も、リオの観光案内所なのでニテロイの地図はないらしい。だが、どこかに電話してくれてバスでの行き方を教えてくれた。練習開始は6時からなのだが、すでに5時半近くになっていた。

 ちょうど通勤の時間帯のためか道路が渋滞していて、時間が思った以上にかかり、着いたのは7時であった。バスで橋を渡っているときに対岸にリオの市内が暗がりに見え、なかなかきれいな夜景であった。今度は早い時間にバスに乗って昼間の景色を見るのもいいかもしれない。

 場所はすぐ分かった。5階建てのビルの5階にある。12、3人の選手が練習していた。途中からやるのもなんだし、今日は見学だけにしておこう。俺が日本人だと分かると練習生がわざわざペケーニョを呼んできてくれた。ペケーニョは片言の日本語で「コンニチワ。ゲンキデスカ。」と話しかけてきた。非常にフレンドリーでいい人だった。日本で何度も試合をしているし、相当日本が好きなのだろう。壁には修斗のマークや、修斗コミッションの変な杖をもった人間の絵まで描かれていた。「このジムはお前の家だ」みたいなことも言われた。そんなこと言われても、まだ着いたばかりだというのに、そこまではくつろげない。練習に参加していけと言われたので、予定を変えて着替えて練習することにした。

 スパーはグランドでのサブミッションレスリングだ。準備体操をして俺も輪に入る。ペケーニョが練習相手を指名する。俺の相手はいきなりペケーニョがしてくれた。心の準備ができてないが、しょうがない。ケーニョはライト級なので試合のときは65キロだし、今でも俺のほうが10キロ以上は確実に重い。俺が上からの攻めだ。クロスガードの締め付けが半端でなく強い。危なくタップしそうになった。特に下から十字や三角やスイープを狙う動きはしてこない。だが、一度かみつきのパスガードを試みようとしたが、ギロチンを狙う動きがあったのであわてて首を引っこ抜いた。柔術的な寝技ではないが、ちょっと隙を見せると立ち上がってそのままタックルのようにして倒されて上下を入れ替えられた。同じパターンで3回ぐらい倒された。パスガードはそんなに上手くないように感じたが、ハーフから変なネックロックで極められてしまった。また、ちょっとでも隙があると足関節を狙ってくる。アキレスを一度極められた。俺が下からフックガードからスイープを狙ったが、上からついにギロチンを食らってしまった。俺の右手は完全にペケーニョの脇をさしていたのだが、自分の左側の首というか頚動脈だけが決まってタップしてしまった。ギロチンは一度は食らってみたかったので、まあ目的は達成できた。自分で使いこなせるようになればいいのだが、力が結構いりそうな感じだ。今度ペケーニョにかけ方を聞いてみよう。その後別の人間と2本やって終了。

 最後の挨拶のときはペケーニョはわざわざ黒帯を巻き始めた。これはルタ.リブレのクラスだったのだとようやく分かった。ルタ.リブレとは裸でやる柔術のような競技だ。最近はあまり名前を聞かなくなったが、きちんとこうやって存在していた。念のため、メキシコのルチャ.リブレではないので。意味は同じっぽいけど。 

 練習が終わって、練習生の女の子に日本語で「ニホンジンデスカ?」と話しかけられた。彼女はテヴィ.サイというフランス国籍のカンボジア人で日本のAACCに練習に来ていたことがあるという。スマックガールに出るのが夢だとも言っていた。そういえば雑誌で見たことがある。いろいろ話をしたが、9月までいるらしい。ムンジアルも出るとか言っていた。格闘技をするために日本、ブラジルに長期で来るなんて凄い女の子がいるもんだ。

 帰り際にペケーニョにまた来いと言われた。「デラヒーバのところでも練習しているが大丈夫か」と聞いたが、「全く問題ない。デラヒーバは俺の友達だ」と言われた。明日一応デラにも聞いてみよう。デラが問題ないといえば、デラに入門して柔術をやり、ペケーニョのところで総合(打撃はあるか分からないが)を練習すれば、当初の予定とは違うがいい練習ができそうだ。


7月6日 入門デラ道場

 夕方からデラ道場に行く。早速、昨日ペケーニョと練習したことを告げ、両方通ってもいいかを確認した。デラからも、全く問題ないとの回答を得た。これで両方で練習することが可能だ。ニテロイは遠いが週3回だけだし、通うのは可能だ。理想としては月、水、金の朝デラに出て夕方はペケーニョのところで練習し、火、木はデラの夕方クラスで練習するパターンだ。だがこれにウェイトを加えるとオーバーワークになるかもしれない。試してみてから調整することにしよう。

 数年前までは柔術とルタは仲が悪く、街で会うと喧嘩するようなこともあったというが、時代の流れなのか今では一緒に練習しても問題ないらしい。くだらない派閥とかにとらわれないで、交流するのは素晴らしいことだ。そういえばペケーニョのところでもヒカルド.アローナが柔術を教えている。今度は柔術クラスにも出さしてもらおう。
 練習後、155レアルを払い柔術とウェイトの会員になった。早速、ウェイトをやりに行く。見学したときには気付かなかったのだが、ここのベンチプレス用のベンチは高さが30センチぐらいしかない。高さが低すぎて、足を床に下ろした時の感覚がおかしい。あまりにやりづらいので、ベンチは止めることにした。ブラジルに来てから順調に上がってきたベンチプレスの記録も、ここで止まってしまうことになってしまうのが悔やまれる。

 このジムにはサウナもある。早速入ってみることにした。日本によくあるドライサウナと違いスチームサウナだ。だが汗は普通に出る。この存在を早く知っていれば、去年は減量に苦労しなくてすんだのに。サウナは男女共同だ。そのため水着を着用する。昔ドイツに行った友達がサウナは男女共同でも裸だとか言っていたが、ここではそんなことはなかった。勘違いしていたら捕まるところだった。


7月7日 トップチーム再び

 月、水、金はトップチームでプロのMMAの練習があるので見学をしに行くことにした。テヴィはコネがあるので練習に参加させてもらえるようなことを言っていた。

 行く途中で、柔術クラスから帰る途中のイズマエルに会った。先週は諸事情で練習できなかったらしい。怪我でなかったので良かった。どうやら、彼も来週からMMAの練習に参加させてもらえるようになるらしい。MMAで練習してもいいという先生もいるらしいが、どうもムリーロ.ブスタマンチが厳しいようで、なかなか練習をさせてくれないらしいのだ。たしかに頑固そうな感じだ。

 1時開始のはずであるが予定通り遅れて1時40分から練習開始。テヴィは練習に参加していた。うらやましい。見たことがある先週はアラン.ゴエスぐらいだ。ノゲイラを始めとする他のプロ選手の姿はなかった。日本で武士道があるから、皆それに行ったのかもしれない。途中からムリーロ.ブスタマンチが来たが、指示するだけで練習には参加していなかった。

 練習は、脇のさし合い、タックルの打ち込み、ブラジル体操、受身といった準備体操から始まる。その後二人組みになり、下からの十字固め、三角絞め、フロントチョーク、オモプラータの打ち込みを繰り返す。結構基本的なことをやるものだ。

 続いてグランドで上の人間がボクシンググローブをつけてスパー。上の人間はパウンド及びパスガードを狙う。下はそれを捌きつつ、スイープや極めを狙う練習だ。テヴィは、この練習は難しいからと、ムリーロに言われ、普通のサブミッションのスパーをしていた。やはりムリーロは厳しい。スパーを見た感じ、特にパウンドの打ち方を研究しているというより、皆我流でやっている感じだ。下手な奴は驚くぐらい下手だ。だが結構皆本気で打っているようにも見える。ボクシンググローブを着けたら、相当寝技をやるのは難しそうな気がするが、実際はどうなのだろう。俺が日本で練習したときは、オープンフィンガーグローブを着けて、軽めのパウンドで練習していた。強く打つ練習はミットでやったのだが、トップチーム方式も今度試してみる価値はありそうだ。

 これが終わるとパウンドなしのサブミッションのスパー。マウント、チョークを極められかけた体勢、ハーフからと、最初はポジションを決めた体勢からのスタートだ。最後にまったくフリーのスパーをやり、終了。

 立ち技での打撃や組技は特にやっていなかった。立ちの組技はレスリングの時間にやるのだろうが、打撃はいつやるのだろうか。今回はたまたま試合に出る選手がいないため、やらなかったのかもしれないが、今度は打撃から寝技につなぐ練習とかを見てみたいものだ。


7月11日 あずみ

 土、日は練習が休みのため、やっと体を休められる。リオに来てからどうもハードに練習をやりすぎた感じだ。

 土曜の午前中はビーチに日焼けに行く。最近は天気が悪く、雨や曇りの日も多く、色黒化計画は一向に進まない。ビーチにいてもなんだか体がだるいため、速攻引き上げることにした。どうもオーバーワークのためか風邪を引いてしまったようだ。週末は練習が休みのため、練習に穴を空けないですむのが不幸中の幸いだ。

 食欲がないため昼飯はアサイだけを食べた。ネットカフェに行ってインターネットで気になる試合の結果をチェック。新田さん、おめでとうございます。

部屋に戻り、風邪薬を飲み、ついでにビタミン剤とグルタミンとプロポリスをガラナエキスの水割りと共に飲んだ。プロポリスはサンパウロで買ったものだが、今回初めて飲む。これを毎日飲み続けると風邪を引かなくなると言われたことを思い出したのだ。風邪を引いてしまった後に飲んでもすでに遅いんではないかとの考えが、一瞬脳裏をよぎったが、無視して飲み込んだ。この辺の薬の飲み方は俺個人が勝手にやっているので、医学的におかしいとかいう抗議を格クリには送らないで頂きたい。

 急激に眠くなったので寝たのだが、起きたら既に9時前だった。6時間以上は寝ていた。相変わらず食欲はない。だが体力を回復させるためにも何かを食べねばならない。日本食なら食べれるような気がしてきた。松倉さんにもらったブラジル編の「つぶやき」に日本食のことが書いてあったことを思い出して、読み直すことにした。ちなみに「つぶやき」とは現在はなくなってしまったのであるが、柔術界で人気のあったコラムのことだ。

 日本食屋のことは書いてあった。「あずみ」という店だ。しかし場所が書いていない。バスに乗って行ったと書いてあったので、コパカバーナの端っこの方にあるのだろうと勝手に予想した。俺のアパートも端っこの方なのだが、この辺りには武蔵とかいう日本食屋はあったがそれ以外は見た記憶がない。別に武蔵で食べてもいいのだが、以前に前を通った時に、寿司屋のイメージがあったのでパスすることにした。つぶやきの影響からか、松倉さんが食べたというカツ丼に、俺の頭の中は占拠されてしまったようだ。とにかくカツ丼を食いたいと。

 バスで反対方向に行く。体がだるいが、海沿いを中心にあずみを捜してみた。しかし見つからなかった。他の日本食も一軒見つけたが、寿司屋だったのでパス。去年泊まったサヴォイオットンというホテルのそばに、日本食屋があったことを思い出して行ってみる。正確な場所は分からなかったが、すぐに見つけられた。しかし、とんかつはあったのだがカツ丼はなかった。

 しょうがないのであきらめて帰ることにした。帰る途中の大通りで、ひったくりらしき少年が数人の男に追っかけられているのを見た。車が通る中を上手く反対側の歩道に渡ったため、どうやら逃げ切ったような感じだ。直接こういう現場を見ると、やはりリオは危ないところだとあらためて感じる。

 食欲はないが無理やりバナナを一本食べ、薬とビタミン剤とプロテインとグルタミンを飲んで寝た。

 今日は起きたら12時であった。12時間近く寝たようだ。どうしてもカツ丼が食べたい。というか、食べなければ行けないような義務感のようなものが生まれてきた。

 ツーリストインフォメーションに行ったが、日曜のためか閉まっていた。仕方がないのでネットカフェに行き、AZUMIで検索してみる。速攻見つかった。昨日からこうすれば良かったのだ。だが、載っている住所が俺の持っている地図には載っていないではないか。Yahoo BrazilのHPにmapaというタイトルがあったので、もしや地図の検索サイトではと思いクリックしたらビンゴだった。検索してみたら、あずみは俺のアパートから5分ぐらいのところにあった。武蔵のもう少し奥のほうだった。昨日は全く正反対の場所を捜していたというわけだ。なんかこういう失敗ばかりしてる気がする。あずみの近辺はストリートチルドレンがうろついていて、少し危ない地域である。パイシャオンの道場もこの辺りにある。

 営業時間が夜7時かららしいので、アサイを食べ薬とビタミン剤とプロテインを飲み、それまで部屋で寝ることにした。何時間寝てもいくらでも寝られる。7時過ぎに起きて、あずみへ出発。相変わらず食欲は全くない。無事到着し、念願のカツ丼を注文した。かなりうまかった。量もそこそこあり、大満足である。あれだけ食欲がなかったのに、全部食べることができた。値段はやや高めで28レアル。つぶやきの記述よりも3レアルほど値上がっていた。チャージを含めると約31レアルと、ブラジルではいい値段だ。サンパウロと違い、日本食屋が少ないからしょうがないだろう。これで風邪が治ってくれればうれしい。風邪が治るまでは、金がかかってもしょうがないからここに通うことになるかもしれない。しかし月曜日が定休日であるので、明日は来られないことが分かった。私もよくよく運のない男だ。


7月13日 ムンジアルに向けて

 体調はだいぶ良くなったが月曜日は練習を見学するだけに止めておいた。日本にいる時は練習を一日ぐらい休んでも大して気にならなかった。仕事で出張が続けば3週間ぐらい練習できないこともざらにあったため、練習を休むことに慣れていたのかもしれない。だがブラジルに来ると、ものすごくもったいない気がする。本当は日本でもそれぐらい一日一日を大事にしなければいけないと思うのだが、つい流されてしまう。

 練習を見学後ネットカフェに行くと、元ストライプルで現トライフォースの早川君と石川さんに会った。リオに来てからほとんど日本人と会っていないので、うれしいものだ。彼らは今日の朝にブラジルに着いたようで、相当に体調が悪そうだ。早川君はアリアンシに、石川さんはヒカルジーニョのところに通うようだ。彼らのアパートも俺のアパートの近くのようなので、またこのネットカフェで会うだろう。近くに彼らがいると心強い。特に早川君はブラジルに毎年来ているから相当慣れているだろうし。

なお今月の29日にサンパウロで、日本対ブラジルの対抗戦のプロ興行が行われる。早川君も出場するのだが、対戦相手が俺のサンパウロの先生であったカスキンヤというなかなか複雑なカードになってしまった。日本での元先生とサンパウロでの元先生との対戦。カスキンヤの応援をしないと、彼の応援団に見つかったら殺されそうだ。隠れて観戦するしかなさそうだ。

 体調はまだ完璧ではないが今日から練習を再開した。8分のスパーを3本こなした。病み上がりだが、とくにスタミナ切れとかパワー不足とかは感じなかった。この分だと明日は二部連できそうだ。

気がついたらムンジアルまであと10日になっていた。あまりムンジアルを意識していなかったので、あまりの時間のなさに驚いた。本来なら今週はハードに追い込み来週は疲れをとるようにしたかったのだが、初っ端から予定が崩れてしまった。ムンジアルもインターネットで申し込みをしたのだが、主催者からは何の返信もない。本当に出場できるのか少し不安になる。

 減量も開始しなければいけない。風邪で週末はほとんど食べなかったので、結構体重が減ったかと思ったが、あまり減っていなかった。どうも自分が考えていた以上に体重が増えてしまっていたらしい。練習をしながら太ったので筋肉もついたはずなのだが、それ以上に腹がやばいことになってしまった。割れた腹筋にあこがれる。

ムンジアルでの体重の量り方は不思議な量り方をする。キモノを着たまま量るのだ。そしてキモノの重さがクラスごとにあらかじめ決められている。俺の場合はメジオ級なので、素の体重は78.9キロが上限である。キモノの重さが3.3キロと決められているので、キモノを着て82.2キロ以下であれば計量はパスできるのだ。キモノもメーカーによって重さが違う。だが3.3キロまで行くことはあまりなく、軽いのだと2キロぐらいのもあるので、日本で試合をする時よりは体重には余裕がある。だが軽いキモノは素材が薄いのでつかまれやすく試合では不利になるので、キモノ選びも試合に向けての重要な戦術の一つである。

また、キモノも襟の太さと袖の幅を試合前に計る。これが規定に達さないとそのキモノは試合では着られなくなる。俺が試合で着ようと思って、こちらで購入したドラゴンのキモノは袖がかなり細い。規定で通るのか不安だ。同じデザインで同サイズの色違いのものは、十分に袖が太いのに、色が違うだけでサイズが変わるものなのか。キモノは試着しても、洗うと縮んでしまうため試着の意味もあまりないのだ。

計量は一発勝負だ。試合開始の10分ぐらい前に量る。日本だと、朝一で量り、規定の時間内だと何度でも量り直せるのだが、今回はそういうわけにはいかない。失敗は許されないのだ。あまり落とすのが直前過ぎても、計量後にすぐ試合なので、食事をして体力を回復させる時間がない。

ブラジルでは意外に、外食をしても食事面での減量が簡単だと思う。ポルキロというレストランが至る所にあるからだ。ポルキロというのは自分の好きな料理だけを取り、その重さによって値段が決まる形式のレストランだ。これだと自分の好きな量だけ取れるので、食べ過ぎの心配はない。だが、米1グラムの値段と肉1グラムの値段が同じに設定されているのが、いつまでたっても納得がいかない。そのため普段はあまり利用しなかったのだが、ここしばらくはお世話になりそうだ。


7月16日 ワールド.ファイト.センター

 土、日は練習が休みのため、追い込んだ練習は今日と月曜日にやることになる。完全に風邪が治っていないため火、水、木と追い込んだ練習ができなかった。本当はもっと追い込みたかったのだがしょうがない。それにブラジルに来てから寝技のスタミナだけは付いた自身があるので、今週追い込めなくても試合ではスタミナ切れにはならないだろうから、それほど心配はしてない。

 朝練はいつもより何故か人数が多く、14,5人来ていた。デラは来ていたがテクニックのレッスンはなかった。リオに来てからは、テクニックが全然増えてない。技は一日一つしか教えてもらえず、デラもたまに来ないため、そういう場合はレッスンはなくなるからだ。しかも今週習った技は、去年来た時に習った技と全く同じであった。時期によって教える技とか決めているとは思えないのだが、偶然なのだろうか。8分のスパーを3本やり終了。やはり朝はこれくらいがちょうどいい。

 昼寝をして、夕方からはニテロイのペケーニョのジムに行く。いつも夕方の時間は道が混んでいて、行きは一時間半ぐらい移動にかかる。ボタフォゴ、フラメンゴ、セントロといった地区を通り橋を渡ってニテロイに行くのだが、景色が次々に変わっていくので窓の外を見ているだけで飽きない。橋からは、海に船が何艘か見え、海岸沿いには国内線の飛行場があるため飛行機が着陸しているところも見える。夕暮れ時の海に飛行機や船があると、俺が言うのもおかしいが、何かロマンチックな感じがする。

 橋を渡りきり、ニテロイの市内に入る。ここは観光地ではないらしい。だが大きなショッピングセンターが何件かあり、ホテルもあるし、なかなか発達した都市のようにも感じる。海岸線沿いに更にずっと進み、ビーチではサッカースクールやバレーボールのスクールが目に付く。観光客がいない分、そういうのがやり易いのだろう。トンネルを抜けて数ブロック行くとワールド.ファイト.センターに到着する。ここまで乗っている乗客はいつも俺一人だ。おそらくニテロイの端っこのほうにあるのだろう。運転が荒いのと道が悪いためか、着くといつも車酔いして気持ちが悪い。回復するのに10分以上かかってしまう。

 6時からルタのクラスは開始のはずだがいつも15分ぐらい遅れる。まずランニング、途中でジャンプをしたりする。その後、腕立て、腹筋、背筋、首の運動。そう言えば、柔術系の道場ではどこでも腹筋はやるのだが、背筋をやったのはここが初めてだ。

 その後はテクニックをペケーニョが指導。ハーフからの足の抜き方、スタースイープ、スタンドでバックを取られてからの回転しての膝十字およびカニバサミからのアンクルホールドを今日は習った。技の流れとかは無視されている。柔術で技を習う場合は、一つのポジションからの流れで技を関連付けて習うことが多い。ここでは思いつきで技を教えている感じだ。

 7時過ぎからスパー。膝立ちからだ。今日もペケーニョに相手をしてもらった。前回、パスガードはあまり上手くないように感じたようなことを書いたが、今回は結構パスをされまくった。ガードポジションから脇をさして起き上がろうとした時に、またもギロチンも食らってしまった。他の人がかけられているのを見ると、首の関節が極まっているような感じがしたが、首は極まらずに完全に頚動脈がしまる。まさに必殺技だ。あと今回は変な足関節技を食らった。関節を極めるというよりも、ふくらはぎの痛いツボを極めたり、すねを痛めつけたりする技だ。どうやられたのか良く分からないが、ここまで変な技を食らうと次にどんな技を食らうか楽しみになってくる。相変わらずパワーも凄い。袈裟固めからのヘッドロックでタップを取られたし、亀になったときボディを両腕で絞めつけられてタップしてしまった。普通に考えたら、ベアハッグでタップはとれない。力がおかしいぐらいに強すぎる。

 ペケーニョを含めて合計4人とスパーした。一本のスパーの時間がかなり適当だ。今までは時間を計る人間がいて7分で回していたが、今回はペケーニョの指示で終わっていた。7時5分に開始して8時に終了したので、スパーの合間に水飲みの休憩が2分あったとしても、50分近くスパーをしたわけだ。できればスタンドからやりたいのだが、それはやらないのだろうか。そういえばデラのところも試合前だというのに、相変わらず寝技しかやっていない。

 練習を終え挨拶をして終了。挨拶のときは「ウッサ」と言ってお辞儀をする。他の道場ではそんな挨拶をしているのを見たことがないので、ペケーニョに意味を聞いてみた。ペケーニョは「ジャパニーズスタイルだ」と言って、十字を切りながらお辞儀をする真似をしてくれた。それって「押忍(オス)」のことだろうな、きっと。

 ペケーニョは次回は日本で12月に試合をするそうだ。相手はジョン.ホーキと引き分けた日本人と言っていたから、高谷選手だろう。高谷選手の試合はまだ見ていないらしく、どんな選手なのか、ホーキはテイクダウンを取れなかったのか、等いろいろ聞かれた。俺も一試合しか高谷選手の試合を見たことがないので、とにかく打撃が物凄く強い選手であることだけを伝えておいた。ペケーニョは、それは嫌だなみたいなことを言っていた。確かにペケーニョに穴があるとしたら打撃だし、そこをつけば高谷選手も十分勝機がある。だが一度組み付けば、圧倒的にペケーニョの優位は動かないだろう。

 8時からはヒカルド.アローナの柔術クラスがある。ルタは週3回なのだが、柔術は週5回やっているらしい。今回初めて参加させてもらうことにした。しかし金曜日のためかアローナは来ず、生徒も少ない。8時半ぐらいから適当に何組かスパーをやり始めたので、俺も輪に入れてもらう。同体格ぐらいの白帯とスパーをする。完全にガチモードだ。しかも白帯にしてはかなり強く、適当に流すとこっちがやられてしまいそうなので、こっちも本気モードで対戦。だが疲れているためか動きがいまいち悪い。ようやく三角絞めを極めたがかなり苦戦した。膝立ちから再スタート。その瞬間にこのガチ白帯が、いきなり飛びつき三角を仕掛けてきた。それが運悪くフランケンシュイナー張りに俺の首をひねってしまった。首を痛めスパー終了。まあたいした痛みでなくて助かった。

 いつの間にかアローナが来ていた。挨拶をしにいくと、片言の日本語で対応してくれた。あの入れ墨はいかがなものかと思うが、顔は相当かっこいい。日本でテレビや雑誌で見たときはそう思わなかったが、実物を見てびっくりしてしまった。あれでファイトスタイルが面白ければ、かなりの人気者になると思う。だがアローナの試合に関して、誰と戦ったとか全く印象がない。

 アローナの指示で、小さい青帯とライトスパー。普通にライトスパーが成立した。ブラジル人でもライトスパーができるんだと、すこし驚いた。このスパー中にアローナはいなくなっていた。この青帯はなかなかのテクニシャンであった。次回は平日に来てアローナの指導を受けてみたい。この後は別の白帯とスパー。彼はやる前に、疲れているから軽くやろうと言ってきたが、完全にガチであった。さっきの青帯が特別なのだろうか。

 ちょっと首を痛めたが、なんとか無事に3部連を終了。シャワーを浴び着替えてから近くのジューススタンドにジュースを飲みに行くと、アローナが彼女らしき人と一緒にいた。指導を途中で抜けてデートとは、よく分からない感覚だ。それとも金曜の夜に練習している人間のほうが特殊なのだろうか。


7月19日 タクシードライバー

 朝の10時からマスター柔術へ出稽古に行く。朝のクラスはヒカルジーニョというプルーマ級の世界チャンピオンが指導している。彼はレオジーニョの弟である。練習に行く面子は俺と早川君、石川さん、佳代さん(ハマジーニョこと浜島さんの奥さん)だ。早川君は風邪のため,練習には参加せず見学だけだ。場所はコパカバーナのイパネマ側の端っこの方なのでバスで行く。相変わらずバスの揺れ方が半端でなく厳しい。

 道場に到着すると塩田さんとプロシューターの鹿又選手がいた。練習は全部で12,3人だったので、日本人が5人と結構な比率だ。練習はどこの道場でもやるような準備体操から始まる。ここが他の道場と違ったのは、二人組で大外刈り、一本背負い、大腰、両足タックルという立ち技の打ち込みをやったことだ。技を指定されるのはどうかと思うが、立ち技の練習をほとんどの道場ではやらないので最低これくらいはやるのはいいと思う。

 次はヒカルジーニョがテクニックを教えてくれる。バックからの技を流れで3種類やった。日本人の他にも外国人がいるからなのか、ヒカルジーニョが説明したことをもう一度別の生徒が英語で説明してくれた。また技の打ち込みの最中もヒカルジーニョが個別に指導してくれた。非常に親切で丁寧な印象を受けた。

 続いてバックの体勢からの勝ち残りのスパー。バックを取られてるほうはガードに戻せば勝ちで、上の人間はバックマウント、マウント、サイドのポジションを取れば勝ちというルールだ。上から攻めるのは思ったより難しい。バックマウントは簡単に取らせてくれないのは当たり前だが、ひっくり返しても簡単にサイドは取らせてくれず、片足を一本絡まれてしまう。ハーフガードでも一応はガードなので相手の勝ちになってしまう。結局一人にも勝てず終わってしまった。

 最後は膝立ちからの寝技のスパー。6分でヒカルジーニョが指名した相手とやる。最初も2本目も紫帯の同体格ぐらいとの相手とのスパーだった。久しぶりに6分という短い時間でやったが、やはりいつもよりは短く感じる。試合は7分だが、余力を残さないようにもっとがんがん攻めないとだめだろう。

 3本目は指名されなかったため、そのまま練習は終了した。スパーは全部で3本と少ないのだ。ちょっと少なすぎる気もするが、スパーを増やせばテクニックがおろそかになるだろうし、なかなか難しいところだ。だがここの道場に通えば、テクニックはしっかり教えているので、技術の向上にはなりそうな感じだ。ただテクニックをいくら覚えても、実際にそれを使いこなすのは難しい。一つの技の精度を上げるのか、技のバリエーションを増やしていくのか、時間に限りがあるためなかなか難しい問題だ。

 練習後はヒカルジーニョと恒例の写真撮影。コンプリードというピーター.アーツ似の無差別級の世界チャンピオンもいたのだが、彼がそんな凄い人と知らずに写真を撮るチャンスを逃してしまった。まあ別にいいのだが、もし将来プライドとかに出るようになったら、この日写真を一緒に撮らなかったことを後悔するだろう。

 午後はグレイシーバッハへムンジアルの申し込みに行く。インターネットで仮の申し込みをして、実際の書類や参加費の支払いをここでおこなうようだ。

 ここ数日雨がひどく、今日も半端でない量の雨が降っていた。気温も15度近くとかなり寒く、二度と着ないであろうと思ったサンパウロで買ったジャンパーを着ることにした。去年は同じ時期で毎日Tシャツだったことを思うと、世界的に異常気象なのか。雨もひどいし、バッハまではタクシーで行くことにした。

 このタクシーの運ちゃんが非常に面白くいい奴だった。何故だか分からないが、俺たちに対して、一生懸命ポルトガル語を教え始めたのである。しかもなぜかなかなか厳しい。例えば「ムイント ゴストー ブラジウ」とかこっちが言うと「ノン ノン、ゴストー ムイント」と正しい語順に指導してくるのだ。だが教え方はかなり上手だったと思う。こっちがほとんど理解できないのに、根気よく教え続けるのが凄い。習ったことはほとんど忘れてしまったけれど。

 こっちも日本語を教えたりしながら、道中は過ぎていった。正直少し疲れたが、なかなか楽しかった。だが彼も熱心なのはいいのだが、身振り手振りを加えるため、その瞬間はハンドルから手が離れているのであまりに怖すぎた。絶対、この運転手はポルトガル語の教師に転向したほうがいいと思う。あと分かる人にしか分からないネタで申し訳ないが、大きい頭は「カベ サーン」らしい。その説明を聞いて俺たちが爆笑していると、彼は「カベ サーン」とずっと叫んでいた。

 グレイシーバッハに行き無事に申し込みを終了。一安心だ。だがこの時点でまだ試合のスケジュールが出ていない。おそらく俺の試合は金曜日だとは思う。だが今回は自分の階級とは別にアブソリュート(無差別級)も申し込みをしたのだ。このアブソリュートがいつあるかが結構重要なのだ。もし木曜日であれば欠場することにした。さすがに減量をしながら100キロを超えるようなでかいのとやるのは無謀すぎる。申し込みだけしてアブソリュートに出ない人も多いらしいので、あまり気にしないで申し込んでしまったのだ。もちろん自分のカテゴリーの試合が終わった後の日程であれば、アブソリュートも出場する。アブソリュートは出たことが一度もないので、ひそかにやってみたい気はあるのだが、今回はどうなるだろうか。

 バッハの受付にはホイラーが来ていた。また中井さんを始めとするパレストラの人達も申し込みに来ていた。帰る途中にビビ.スーコというジュース屋でミルクシェーク.アサイを飲む。これが普通のアサイほど酸味が強くなく、程よい甘さで劇ウマなのだ。ビビ.スーコがレブロンとバッハにしかおそらくないので、いくら寒いとはいえこういうチャンスを逃すわけにはいかない。値段は4.7レアルと高めだが、納得が行く。店には女子の世界チャンピオンであるレカとレティシア.ヒベイロがいた。レカは5年前に行った時に、一緒に練習したが、俺のことを覚えてくれていたようで少し嬉しかった。

 6時頃にアパートに戻る。少し昼寝をして、夜連へ。今回は早川君がお世話になっているアリアンシのパイパ道場に行くことにした。パイパの道場はイパネマにある。石川さんはマスターに行ったため、俺と早川君と佳代さんのメンバーだ。早川君も本調子ではないが、試合前なので練習に参加することにしたようだ。

 練習開始は8時半からとやや遅めのスタート。パイパは膝を怪我したようで、来週の水曜日から指導に復帰するようだ。そんな具体的に治る日は分かるものなのだろうか。今日は別の黒帯が指導していたが、準備体操は早川君が任されていた。昨年の同時期に来た時は人数がかなり多かったのだが、今日は雨のためなのか、パイパの指導でないためなのか分からないが、人数は10人ちょっとと少なかった。

 黒帯の指導員によるテクニックは、偶然なのであるが朝と同じくバックからの攻めだった。もちろん攻めのやり方は朝とは異なる方法だ。二つ習ったが二つとも知らない技だったのでよかった。

 続いてスパー。時間は6分で指導員の指示した相手とやる。紫帯、青帯、白帯、青帯とやった。4本のスパーを終えると、半分ぐらいが帰ってしまったので練習も終わりなのかと、整理体操のストレッチを始めた。しかし指導員の指示で、後から来た巨大な黒帯とやらされることになってしまった。この黒帯は早川君が言うには巨強らしい。スパーしたのだが全く相手にならない。次元が違いすぎた。押さえ込みも半端でなくきつい。体重差があるというのもあるが、体重のかけ方が絶妙に上手い。なんとか殺されずにスパーは終了した。

 パイパの道場でもそうなのだが、ブラジルの道場ではやたらと「イノキー」と言われていじられる。アントニオ猪木に似ているということなのだが、猪木がそれぐらい有名になっていることに驚いた。ジャングルファイトとかを開催したからなのだろう。俺も適当に猪木の息子だとか親戚だとか言っておけば、ブラジル格闘技界でVIP待遇にならないだろうか。何か言われたら「日本で試合をして金を儲けたくないのか?」と脅して。


7月21日 ムンジアル前日〜「最強紫」の影

 いよいよ明日から4日間にわたりムンジアルが行われる。特に緊張もしてない。強いてあげれば体重が大丈夫だろうかということぐらいだ。言い方は悪いが負けてもともとみたいな感じもある。けっしてやる前からあきらめているわけではないのだが、優勝するとか考えても現実感があまりになさ過ぎる。だが最低でも一回戦は勝ちたい。とにかく一回戦から決勝だと思って全力を尽くしていこう。

 ネットでトーナメント表を見る。自分の階級であるメジオ級が2日目の午後2時半からで、無差別級が3日目の午後6時半からだ。無差別が自分の階級の後なので、これで二つとも出られることになった。

 メジオ級を見るといきなり自分の名前があった。16個の枠がありその内の10個が埋められていた。ラッキーなことにシードであった。といってもシードでないほうが運が悪すぎる。10人とはあまりに少なすぎる、何かあったのかと思ったが、よくよく見ると8ページある内の1ページ目だった。どうせ知っている名前もないだろうから他のページは見なかったが、最低でも66人は参加していることになる。日本では考えられない人数だ。特にメジオ級とか重いクラスは、参加人数が一桁とかが多いのだ。相手のアカデミーを見たらグレイシー.ティジューカだった。一応グレイシーだから判定は不利になるだろうから、明確にポイントを取らなければならない。

 無差別もかなり多くの人数が参加していた。一回戦の相手のアカデミーはオズワルド.アウベス。不思議と知っているような名前だ。後で確認したのだがパイシャオンの先生の名前だった。実は昨年オズワルド.アウベスの道場には出稽古に行っている。この道場では地獄に落とされた思い出がある。とにかく皆異常に強かった。その中でもメジオかメイオペサードに「最強紫」と俺たちが命名した、紫離れした強さを持っている奴がひとりいたのだ。さすがにもう茶帯になっていると思うのだが、こいつが相手だったら確実にやられる。他の紫帯も皆強く、全員にやられた記憶しかない。もしかしたら去年練習した相手かもしれない。その場合は一年越しのリベンジを果たせるのか、それとも返り討ちにあうのだろうか。対戦相手もメジオ級だったので、体格差は互角だから無差別も楽しみになってきた。

 今日も昨日もデラヒーバの道場でスパーを3本こなした。今日は早川君と石川さんも出稽古に来ていた。早川君は黒帯のでかくかなり強い奴とも互角以上のスパーを展開していた。彼は今回はかなりいい線まで行くのではないだろうか。

 練習後は秘密兵器のサウナへ皆で行く。サウナはかなり気持ちいい。だが日本とは文化が違うので驚くことも多い。スチームサウナなので水蒸気が充満しているためなのか、いきなりサウナの中でシャンプーをしたり体を洗っている人もいる。また50ぐらいのおばちゃんが、かなりきわどい水着で入ってくるのでこれもびっくりだ。明日は練習は休むが、体重が気になるのでサウナだけ入りに来よう。

サウナのあとはビールを飲めれば最高なのだが、さすがに今回はそういうわけにはいかない。ビールももう2週間近く飲んでいない。そういえば最近はダイエット.コークを飲んでいるのだが、意外に旨くてびっくりした。普通のコーラとあまり変わらないではないか。昔日本で売られ始めたばかりの頃(おそらく20年ぐらい前か)、あまりのまずさにそれ以来一度も口にしていなかったのだ。ダイエット.コークを飲んでいる人を見ても、よくあんなまずいものを飲んでいるなと不思議に思っていたのだが、ようやく謎が解けた。どうも味が格段に改良されていたらしい。今までは減量中にどうしてもコーラが飲みたくて、コーラでうがいとかしていたのだが、これからはダイエット.コークを飲もう。


7月22日 ムンジアル初日〜女グレイシー

今日からムンジアルが始まった。初日は女子の部と青帯の一部及び少年の部だ。日本人が出る女子青帯が午後の1時半からなので、それに間に合うように出発する計画をたてた。時間に余裕があるので午前中はネットカフェに行く。しかし困ったことがおきた。自分のPCからメールの受信はできるのだが、送信が全くできない。仕方ないのでヤフーのサイトからメールを送ろうとしても、ヤフーメールにログインができない。昨日の夜は普通に使えたのに、一晩の間に何が起きたのだろう。店員と話をすると、なんか設定がどうとかいって、再度設定をし直した。結局ヤフーメールにはログインできたのだが、PCからはメールは送れなかった。このやりとりでかなり時間を食ってしまった。慌てて会場に向かう。

 場所はティジューカ.テニス.クルービー。去年は3人で行動をしていたので、毎回タクシーで行っていたのだが、今回は一人のため地下鉄で行くことにした。地下鉄は一回2レアルときりのいい金額だ。おつりがないのがいい。地下鉄の終点の駅から歩いて3分くらいのところに会場はある。コパカバーナからは大体20分ぐらいで着く。地下鉄はそんなに危なくないように感じた。夜は分からないが、昼間の時間は普通の客層だったし、改札口には警備員が立っていて安全には配慮されているような感じだ。

 2時過ぎに会場に到着。入場料を5レアル取られる。日本人選手団の固まりの後方に座って試合を見る。6面を使って一斉に試合をしているため、なかなかどこで誰がやっているのかを見つけるのは難しい。

 佳代さんは一回戦はブラジル人を撃破したが、二回戦で日本人と当たって残念ながら負け。日本人同士がブラジルで戦うというのがすごい。たぶんその勝った人が3位かなんかでメダルをもらっていた。(名前が分からなくてすみません)

 青帯が終わると、紫以上の部になる。女子は競技人口が少ないため、紫.茶.黒は全てまとめてひとつのカテゴリーとされるのだ。日本人では黒帯に佐藤愛香選手が出場した。上位に進出すると期待されていたが、残念ながら一回戦負け。相手の女子がまだ紫か茶帯なのに(暗くてよく見えなかった)、強すぎた。マウントの取り方のタイミングとか絶妙だった。佐藤選手も一度オモプラータからアンクルを取りかけたが、レフリーになぜか外せみたいなことを言われていた。勝つとしたらここしかなかったのだが、何故レフリーは注意したのだろう。膝をひねっていたからだろうか。ちょっとよくわからないレフリングだった。

 気付いたことといえば今回からは黒や赤のキモノの着用が許可されることになったようだ。今までは白と青だけだったのだが、会場の中には黒いキモノの選手もちらほらといた。さすがに赤いキモノの選手は見なかったが、これは赤のキモノ自体が黒よりも普及していないからだろう。そのうち柔道でも黒や赤の道衣を着るようになるかもしれない。

デラヒーバの道場で一度スパーしたことのある100キロぐらいのおばちゃん選手も、黒のキモノで試合に出ていた。キモノにはいろいろなパッチが貼ってあり一見凄く強そうに見える。だがスパーした感じでは、青帯も巻けないような感じの選手で、失礼だが最初はデラの知り合いのおばさんが遊びに来て黒帯を巻いているぐらいにしか思わなかった。試合が始まり、おばちゃんは速攻大内刈りで投げられ、パスされ、腕がらみを極められて負けていた。時間にして30秒ぐらい。あの派手なキモノを見たときは、もしかしたら行けるかもと思ったが、柔術の試合は実力の世界、そんなに上手くはいかないようだ。

 二回戦ではレティシア.ヒベイロという前回の世界チャンピオンが、キーラ.グレイシーと対戦した。キーラはグレイシー一族でヘンゾの従姉妹かなんかだった気がする。グレイシー一族の血を引いているわけだ。キーラは顔もきれいだし、派手で名前もあるし、日本に来たら人気が出そうな選手だ。一度スマックガールに来る話もあったがどうなったのだろう。試合はレティシアがテイクダウンで2ポイント先取するも、キーラが下から怒涛の攻めを見せる。十字固めとか結構深く入っていたように見えたが、女子特有の体の柔らかさからかレティシアも凌いでいた。だがオモプラータからのスイープでついに同点。ブレイクの後、キーラがデラヒーバからのヘリコプターでアドバンテージ(ぎりぎりポイントにならない場合アドバンテージが与えられる)をとり、判定で勝利した。強い。特に下からの攻めが非常に多彩な選手だ。去年見たときはクロスガードしかしていなかったのだが、一年間の間にオープンガードからの攻撃もかなり使いこなしていた。グレイシーという血統のおかげなのか、環境のおかげなのかは分からないが、今後どれくらい強くなるのだろうか。確かまだ二十歳ぐらいだった気がするので、末恐ろしい。

 試合は全部見ずに5時過ぎに会場を後にした。一度部屋に戻った後、デラヒーバの道場に行き、サウナで1キロほど減量した。82.1キロとリミットを200グラムほど下回った。その後ポルキロで400グラムの食事をし、350のダイエット.コークを飲んだ。500グラムほどオーバーするが、一晩で500グラムぐらいは落ちるだろうから、ちょうどいい。念のため明日の朝もう一度計りに来よう。

いよいよ明日は自分の番だ。体重も順調に落ちたし、調子は悪くない。試合開始が2時半でそれまでに行けばいいので、寝坊して遅刻することもないだろう。とにかく後悔はしない戦いをしよう。


7月23日 ムンジアル二日目〜燃えよ!マッチョ.ドラゴン

 朝は9時半頃起床。万が一に備えてデラヒーバの道場に体重を量りに行く。そこら辺の薬局にも体重計はあるが正確性に信頼がかけるからだ。キモノ込みでリミットぎりぎりの82.3キロ。少し食べたかったのでサウナに少し入り、再度計ると82キロちょうどだった。バナナ入りのアサイを食べ、会場に向かう。会場には1時半前に到着。ちょうどペナ級以下の階級のトーナメントが始まるところだった。

 今日からは日本人が大量に出場する。今日だけで10人ぐらいは参加していた。勝つ人もいれば負ける人もいる。だが日本で圧倒的な強さを誇っていたジョン.カルロス.倉岡選手が2回戦で負けたのには驚いた。1回戦も僅差の勝ちだったし、世界の広さをあらためて思い知った。

 試合に出るためには事前に申請してあった登録カードが必要だったので、もらいに行く。その途中でいろいろな奴に声をかけられた。びっくりしたのはハイアンの本部の黒帯に声をかけられたことだ。一回しか練習していないのによく俺のことを覚えていたな。しかもブラジル人には覚えづらいであろうアツシという名前まで。不思議なのが一回も話もしたことがない奴が、こういう場で会うと結構フレンドリーに話しかけてくることだ。こっちはあんまり覚えていないのだが、適当に握手とかをしておいた。

 カードを持って参加記念のTシャツをもらいに行く。しかし断られてしまった。なぜかというと交換の食料を持っていかなかったからだ。砂糖とか米とか豆とかの食料を貧しい人達に寄付するようで、それは選手の寄付によるものらしい。Tシャツをもらうにはこれが必要なのだ。だがTシャツのデザインがあまりにかっこ悪すぎて、もらっても日本ではとても着る気にはなれない。一応記念だからもらっておくが、どうやればこんな変な絵を描けるのだろうか。昔のムンジアルのTシャツを見ると結構いいデザインだったような気がしたのだが、突然変になってしまったようだ。寄付する食料は2レアルぐらいらしいので、明日は買って持っていこう。しかしこういうのも面倒くさい。寄付するならその分参加費を値上げしてくれればいいと思うのは、俺だけではないと思う。なんか砂糖を買うよりも、もっと有効な金の使い方があるだろうに。問題があるとしたら、金による寄付だとその使い道がどうなったか分からないということだけだろう。

2時半から自分のカテゴリーの試合が始まる。日本のように何試合目かがあらかじめ分かっているのではなく、放送で名前を呼ばれた人から試合場に入り試合をしていくのだ。どこで待っていてもいいのだが、皆試合場の入り口のそばで待つので、自分も念のためそこで待つことにした。ブラジル人が名前を呼ぶので聞き取れるのか不安なのだが、結構普通に聞き取れた。

 試合場に入るにはまず登録カードを見せる。セコンドとかは一切試合場には近づくことができない。試合場に入るとまずはキモノのサイズをチェッカーで測る。大き目のキモノを着たので文句なくパス。続いて体重だ。81.6と700グラムアンダーでパス。これは一回パスすれば二度と量らなくていいので、これで自由に食べたり飲んだりできる。

 係りの人に対戦相手を紹介され、握手する。しかしこれは係りの人の間違いだったようで、その人は別の人と戦っていた。なんなんだ。調子が狂う。係りの人にはもう少し待てと言われたのでストレッチをしながら待つ。

 そうすると目の前で見たことのあるブラジル人が試合をしていた。カスキンヤのところで一緒だったジョセという奴だ。体格も近いし同じ帯だったので、彼とは良くスパーをしたのだ。手が合うというか、スパーではいつも結構面白い攻防をした記憶がある。実力は俺とそんなに変わらない感じだ。ジョセが判定で勝利。どうやらこれは数少ないシードされていない選手の一回戦のようだった。

 そろそろ俺の番かと、早く戦いたい気持ちでわくわくしてきた。すると係りの人が来て、「君の試合はなくなった。相手の体重オーバーで、君の勝ちだ」と言われた。こうしてあっさりと俺の一回戦(正確には二回戦)は不戦勝で終わった。とりあえずは目標を突破できたわけであるが、さすがにこれを勝ちというほど図々しくはない。全く嬉しくもない。むしろ一回戦をきちんと戦っておきたかった。トーナメントとかだと、一回戦は初戦と言うこともあって、体も心も硬く力が発揮できないということが多いのだ。

それにしても体重オーバーで失格というのもどういう神経をしているのだろう。俺があれほど体重には神経質になっていたというのに。日本からわざわざ試合に来るのと、ブラジル人では意識の差はあるとはいえ、体重で失格になるような奴は試合に申し込む資格さえないような気がする。相手に負ける前に、自分に負けているのだから。

次の試合までは時間がありそうなので、軽くパンを食べたり水分補給をしながら待つ。ジョセとその対戦相手との勝ったほうが俺の相手だ。ジョセとはやりたくないという反面、勝てる可能性はかなりあるのでジョセとやりたいという気持ちも大きい。しかし、ジョセは判定で負けてしまい、俺の対戦相手はジョセを破った相手とになった。
 試合開始。相手の立ちの構えは下手だが懐が深い。タックルに行くが取れそうになかったので引き込む。できればクロスガードを取りたかったのだが、相手も膝を割ってきていきなりハーフまで行きそうになる。なんとか戻す。幸いにもアドバンは取られていなかった。オープンガードで相手が立ってきたので、デラヒーバをかける。意外に深く入ったのだが、逆に足をまたがれパスされかける。今思うと自分の攻めらしい攻めはここぐらいであった。何度かパスされかけるも、必死に戻す。3回目ぐらいの時に、パスされかけている側と反対側に飛ばれた。俺がよくやられるパターンのパスガードだ。胸と胸とを合わせられるとパスガードのポイントが入るため、うつぶせになり防ぐ。相手はそこから絞めを狙ってくる。完全に足は絡まれていないためバックマウントのポイントは入らない。かろうじてハーフガードに戻すが、相手のパスガードもしつこい。一瞬アサノ返しっぽくなったのだが、俺の右手が相手の左手をきちんと殺していなかったため、全く決まらず、逆にパスされかける。またうつ伏せで守るも相手が絞めをしつこく狙ってくる。片足を俺の肩口にかけて絞めるやり方だ。結構深く入っている。なんだか頭がぼーっとしてきて、思考力が変になったのか、逆に冷静に得点板とかを見ている自分がいた。どうもバックマウントは入っておらずポイントは0−0だった。でも絞めも苦しいなあと思っていたら、なぜか相手が外してくれた。相手も絞め疲れたのだろう。だが相手の有利な体制は変わらず、今度は腕十字に狙いを変えてきたようだ。これも凌ぐが、そうこうしているうちに完全に両足をフックされバックマウントを取られてしまった。結局4−0の判定負けだった。

この試合内容は当然ここまで細かく覚えているわけではない。ビデオを見ながら記憶を思い起こしたわけだ。自分の記憶では5分以上ずっとバックで攻められていた感じだったのだが、一度はガードに戻したりしていたわけだ。

だがどうであれ完敗だ。いいところは全くなし。ずっと後手後手でほとんど自分から攻める展開を作ることができなかった。一本負けはしなかったとはいえ、絞めは半分ぐらい極まっていたし、パスガードされなかったとはいってもうつ伏せで逃げただけだし、打撃があったらたこ殴りにされているところだった。絞めを守っていたから腕はパンパンになったが、息は全くといっていいほど上がっていないのに、この結果ではどうしようもない。あそこでこう攻めれば良かったとかいう反省が全くないのが、逆に悔しい。そこまで完璧にやられてしまったのだ。このブラジルでの2ヶ月、いや仕事を辞めてからの7ヶ月はなんだったのだ。明日は無差別だ。明日こそは勝ちたい。

日本人では石川祐樹選手が3位に入賞するという快挙を成し遂げた。人数の多いペナ級だから相当すごい。たしか4回は勝ったと思う。特に準決勝進出を決めた試合は、ラスト5秒での逆転勝ちだったので、そのあきらめない精神力は絶賛に値する。石川さんはマッチョ.ドラゴンの異名をとるぐらい素晴らしい肉体の持ち主だ。もちろん技も凄いのだが、こういうフィジカル面でブラジル人に負けないというのが強みだろう。石川さんも後一ヶ月ほどブラジルに滞在する。8月からは石川さんとアパートをシェアすることになっている。これには和道さんも加わる。3人での共同生活というのもまた楽しそうだ。





7月24日 ムンジアル3日目〜初勝利

 自分の試合は6時半からなのだが、茶帯の試合で日本人選手が何人かでるため午前中に会場入り。さすがに長時間の試合観戦は疲れる。試合結果としてはパレストラの塩田‘ゴーゾー’歩選手がガロ級で銀メダル、ピュアブレッドの小野瀬達也選手が銅メダルとなかなかの好成績だ。ほとんどの人が一回戦は勝ち抜いており、ブラジルの茶帯を相手にしても日本人が全然引けをとらないレベルまで来ているんだなと感じる。なにしろ3年前とかは日本人で黒帯1人か2人しかいず、茶帯も数人しかいないレベルだったのだから、日本の成長振りはかなりの速度で進んでいるのではないだろうか。もともと日本人は研究熱心であるので、技術ではかなり追いついていると思う。あとはフィジカル面をどれだけ追いつくかではないだろうか。

 夕方頃から黒帯の無差別が始まった。観客も急に多くなった。出場しているテレレという選手の応援が半端なくすごい。テレレがファベイラ(貧民街)出身の選手で、ファベイラの子供にも柔術を無料で教え、今日の試合会場にも彼らを招待しているのだ。応援は太鼓のようなものを叩くは、テレレコールはするはで、今日に限っては選手の呼び出しのマイクも良く聞こえない。6時半になったので試合場入り口で待つことにした。

 だが今日は緊張感がない。体重の心配がないため、好きなものを食べてしまったし、昼間は暇だからデパートを見に行ったりと、とても闘う前の選手とは思えない行動だ。だがいつまでもだらだらしていたらさすがにまずい。試合に向けて無理やり緊張感を上げていく。いつも試合ではほとんど緊張しないのだが、たまにリラックスし過ぎて全く気が抜けてだめな時もある。俺の場合はどうも多少緊張したほうが、集中力が高まっていいようだ。

 呼び出しをされた後、道衣のチェック。今日は袖の細いドラゴンの青いキモノのため若干心配だ。チェッカーで計るときに、運悪くサポーターをしているほうの腕で計られた。このサポーターが何気に分厚く、係員が袖を引っ張って無理やり通そうとしてくれるのだが、結果は通らず。予備のキモノを持ってきていないので、サポーターをしていることをアピールして、サポーターをつけていない側の腕で計り直してもらう。なんとかパスできた。今回は無差別のため体重測定はなし。対戦相手を紹介される。事前にネットで調べたときはメジオ級で俺と同階級なのだが、背は俺より若干高い。筋肉もありそうだし、あらためて自分の脂肪の多さが情けなくなった。

 試合開始。昨日は引き込んで負けてしまったので、今日は作戦を替えて上から攻めてみようと思った。もともとは下が得意なのだが、ブラジルに来てからは上の練習が多かったのでどれくらいできるようになったのか試してみたい気持ちもあった。そのためには立ち技で上を取らねばならない。相手も立ちはかなり強く投げれそうにない。一度場外ブレーク。その後、逆に投げられそうになったので、仕方なく引き込む。だが相手のパスの圧力が凄くサイドを取られかけるが何とか戻す。ここで相手にアドバンテージが入る。もう一度パスされかけるが、うつ伏せで防ぐ。ここでバックに回られたら昨日と全く同じやられ方だ。根性でバックに回らせず、そのまま片足にしがみつき片足タックルでテイクダウン。2ポイント先取。しかし相手に速攻いいところを取られかけ、コムロックでアドバンテージを取られる。何とかこれも逃げるが、相手の足が長くてクロスがきついし、絞め、十字、三角を狙われ続ける。どうやら守りだけは強くなったようで、ことごとく逃げ切る。だが俺から攻めてないということで、マイナスアドバンの注意を受ける。もう一度注意を受けたら相手に2ポイントが入り、負けてしまう。だが相手もあせり、クロスを解いて立ち上がって来てくれた。時間はおそらくほとんどないだろうから、立ちの勝負よりはと思い引きこむ。デラヒーバガードの形をとり、俺がバックを狙うところで終了。ほとんど防戦一方であったが、なんとか念願の初勝利を上げることができた。内容はどうしようもなかったが、とりあえず結果を残せたのは自分の中では大きい。

2回戦のあいてはかなり巨漢だ。下になったらやばいと思い、立ち技で勝負。相手が引き込みながらスイープ。バランスを取ろうと、マットに片手を付いたとき肘に激痛が走る。また痛めてしまったようだ。そのままスイープされマウントで相手に6ポイント。V1アームロックを狙われ、一瞬肘がミシッとなったが、何とか逃げ切る。相手にアドバンテージ。なんとか脱出しガードに戻す。パスガードを凌ぎながらこっちもオモプラータや三角絞めを狙うも、一度場外ブレーク。再び立ちから開始。もつれながらいつの間に俺が上になる。脇さしパスを狙いハーフまで行きかけるが戻され、もぐられてスイープ。パスを凌いでいると場外ブレーク。ポイントを見ると8−2。俺にもスイープポイントがテイクダウンか分からないが、いつの間にか2ポイントが入っていた。今度は引き込む。だがパスされかけ、うつ伏せになったところで絞められる。肩口に足もかけられ、ついにタップしてしまい一本負け。終わった後、相手に体重を聞いたら96キロとか言っていた。さすがに重かった。だが無差別で出ている以上は言い訳にはならない。だがこの試合は負けたけれども、自分から思いっきり攻めることができたので、結果には満足していないが内容的には自分なりには良かったと思う。

無差別に申し込んどいてほんとに良かったと思う。昨日の負けのままだったら、ブラジルで勝つためには後一年も待たなければならないからだ。だが、他の日本人は帯が上でも皆何回か勝っているので、一回勝ったぐらいで満足しているわけには行かない。肘もそんなにひどくないので、少し休んであと一ヶ月頑張ろう。


7月25日 ムンジアル最終日〜ブラジルの壁

 今日はペナ級までの試合が9時から始まる。日本人選手もこの階級で3人出るので、遅刻するわけにはいかない。しかし起きたら8時半を過ぎていた。携帯で目覚ましをセットしていたのだが、誤って日本時間でセットしていたようだ。こんな大切な日に全くしょうがなさすぎる。

 地下鉄で行くと間に合わない恐れがあるので、タクシーで行くことにした。運ちゃんに、9時から試合なので急げと命令した。日曜の朝なので道は全く混んでおらず、運ちゃんは相当のスピードで街を駆け抜けていく。途中で道路にいた鳩を2羽ぐらい轢き殺していた。なぜあの鳩は逃げなかったのだ。俺が急げといったからなのだが、朝から嫌な気分になってしまう。その後も信号無視をしまくり、15分ぐらいで会場に着いた。

 9時ちょうどぐらいに会場入り。ブラジルタイムではなく、きちんと試合は始まる。いきなりパレストラの渡辺孝選手の試合だ。大量得点を重ね、判定勝ち。上を取ると安心して見れる選手だ。

 しばらくして中井さんの試合。まだ俺が柔術をやっていない時に、バリジャパでゴルドーとやった試合が本当に凄まじく、俺と同い年の人がここまでやれるんだと物凄く感動したことを思い出す。その中井さんの試合をブラジルで見れるのだ。自分の試合よりも緊張してしまう。中井さんはブラジルでも伝説の戦士として有名である。だいたいどこの道場に行っても、「お前の先生はユーキ.ナカイなのか」と聞かれるぐらいなのだ。試合は相手に引き込まれ、もぐりでスイープされ相手が2ポイント先取。だが上を取り返しパスガードで3ポイントとり逆転。そのまま守りきり勝利。本当に嬉しい。だが3回戦(1回戦はシードだった)では、スイープされた後、パスガードを凌ぐ展開で2−0で敗退してしまった。本当に残念である。だが29日に今日優勝したマリオ.ヘイスとのワンマッチがある。そこで何とか勝って欲しい。
 渡辺孝選手は2回戦も難なく相手を下し3回戦進出。ここでの対戦相手が2年前の世界チャンピオンのフレジソン.パイシャオン。彼とは良くネットカフェで会うのだが、いつもエロ画像を見ながらキャッキャ言って騒いでいる、憎めない、いい奴なのだ。ほとんどの人はパイシャオンがそんなふざけたどうしようもない奴だとは知らないと思うのだが、ここでばらしてしまおう。柔術で世界チャンピオンになっても、全くもてないというのは悲しい現実なのであるが。

 だが普段はそんなのでも、試合では異常に強い。渡辺選手も十分強い。現に今回の試合でも最初にタックルでテイクダウンポイントを先取しているのだ。しかし世界のトップレベルは違った。失敗したら自分が不利な体勢になるような腕を極めながらの投げとかを何の躊躇もなく繰り出す試合度胸や、マウントを取る速さ。凄すぎる。柔道もかなり強く、袖釣り込み腰を2回ぐらい決めていた。最後は20ポイントぐらい取った後に絞めで一本勝ち。やばすぎる強さだ。だがそのパイシャオンも決勝戦ではマリオ.ヘイスに負けてしまった。終始押していたのだが、アドバン止まりでポイントが取れず、一度なし崩し的に上下を入れ替えらて判定負けであった。皆強すぎる。

 吉岡大選手も2回戦で負けてしまったので、最後の砦はレーヴィ級の早川光由選手だ。1回戦は相手の足関節を逃げ切り、上を取り2ポイント先取。スイープされるも、スイープし返し逆転。さらにマウントを取り4ポイント追加。腕十字を狙うも凌がれるが、完勝。

2回戦は途中で相手が膝を負傷し棄権して勝ち。だがその前にもホレッタスイープを完璧に決めていたので、相手が怪我をしなくても勝ちは動かなかっただろう。3回戦。立ち技で歩が悪いと思ったのか早川君が引き込む。相手は地味なのだが、何気に強い。バランスがいいし、足の捌き方とかズボンの持ち方とかが微妙に上手いのだ。パスされかけるも戻すが、2つアドバンテージを取られてしまう。ラスト1分ぐらいでスイープしかけるが、相手バランスも良く、結局アドバン止まりであった。そのままタイムアップでアドバンテージ差2−1で負けてしまった。実力的には互角だっただけに非常に残念だ。練習とかを見ていてもブラジル人を技術では圧倒的に凌駕しているだけに、あと少し何かあれば優勝も夢ではないのではと思う。

 黒帯の決勝で印象に残った試合は、ジャカレイとホジャー.グレイシーの無差別級の決勝戦。ホジャーが下からの腕十時を完璧に極めるもジャカレイはタップせずに逃げ切る。しかしジャカレイの腕は完全に破壊されており、その後は片手は下ろしたまま闘う。凄い精神力だ。だが片手が使えないからしょうがないのだが、ホジャーが組みに行くとすぐに場外に逃げてしまい、それの繰り返しでポイントを先取していたジャカレイが優勝。しかしあそこまで場外に逃げまくっていたら反則負けでもいいと思う。少しホジャーがかわいそうであった。結構ブラジル人はポイントで勝っていると、最後は逃げ切る戦いをするようだ。逃げ切るといってもクロスガードで守りきるとかではない。立ち技とかで組まれないように、後ろを向いて走って逃げているのである。変に皆あせって追っかけるために、攻防のように見えてしまって反則を取りづらいのであろう。あせらず中央で堂々と構えていれば、逃げているほうに反則が取られると思うのだが。


 全試合終了後はヴァリグブラジルさんの御好意でシュラスコ屋で打ち上げ。どうもありがとうございました。普段は知らないような別の道場の方々ともいろいろ話しができて楽しかった。もう来年はムンジアルに出られるかわからないが、時間と金に余裕があればぜひまた出てみたい。これを読んでいる柔術家の方も、もし機会があればぜひ出てほしい。別に実力がまだ足りないとかは全然関係ないと思う。確かに日本で勝てないのに、ブラジルまで行って試合をしてどうするのという声もあるだろう。だが自分が試合をしたいと思った時こそが、試合をする絶好の機会だと思う。回りの声は無視していい。重要なのは自分がブラジルに行きたいかどうかだけなのだ。海外で試合をする経験というのは、今後柔術をやる上でも、また人生を生きるうえでも非常に貴重ないい経験になると思う。そのことだけは自信を持って言うことができる。