VALE TUDO、TOPA TUDO
〜あつしさんのブラジル格闘滞在記 VOL.3 クリチバ編〜
     井上 敦

6.27 南西西に進路をとれ
6.28 ムエタイドリームチーム
6.29 悪の巣窟












写真:ヴァンダレイ・シウバ選手

戦う公認会計士バーリトゥーダー、井上敦ストライプル



6月27日 南西西に進路を取れ

 今回はそこそこ滞在期間が長いので、練習以外にどこかに観光旅行をしようと考えていた。まず真っ先に浮かぶのはイグアスの滝だ。柔術を始める前から、ブラジルにはイグアスの滝とカーニバルは見に行きたいと思っていた。時間に余裕のある今回はチャンスだ。だが一人で2,3日行くのも、何か気が乗らない。もともと一人旅が好きで、今回も一人で来ているというのに、どうしてイグアスに一人で行くことに躊躇するのか自分でも良く分からない。
 地図を眺めているとクリチバがサンパウロから近いことが分かった。時間もバスで6時間。クリチバといえばヴァンダレイ.シウバがいるシュートボクセがある。行った人の話だと、街もきれいで治安もいいらしい。 
 クリチバに行ったらシュートボクセを訪ねないわけにはいかない。さすがに練習は怖いので見学だけにする予定である。サンパウロでの失敗の教訓を活かし、事前にシュートボクセの場所を調べておくことにした。しかし、いくらインターネットを駆使しても全く分からない。日本にシュートボクセの支部があるので、日本の友人に聞いてもらうように頼んだ。これで一安心だ。そう思っていると、友人から来た返事は、本部の住所も電話番号も分からないとのことで、ホームページはないとのことだ。支部なのに本部の連絡先が分からないとは驚きだ。いったいどういう組織なのだろう。別の友人から得た情報では、クリチバは狭いからタクシーで聞けば大丈夫だということだ。ちょっと不安であるが、その情報は俺の友人がクリチバのシュートボクセを取材した記者から聞いた情報なので、シュートボクセには行けるということを信じてクリチバに行くことを決めた。

 バスはチエテというメトロの駅にターミナルがある。12時半のバスに乗るように出発。リベルダージでだらだらと食事をしていたら、ターミナルに着いたのは5分前であった。通常ならあせる状況なのだが、どうせ出発が時間通りになることはないと、すっかりブラジル人感覚になってしまっている。運賃はバスのクラスによって違うのだが、俺が乗ったのは47レアルだった。切符を買い12時半ちょうどにバスに乗り込む。出発は思ったより早く、12時45分だった。
移動するのが旅行の醍醐味だよなと、バスの窓から景色を眺めながら物思いにふける。最初のうちは景色も都会から徐々に田舎へと変わっていき、楽しかった。郊外では子供たちが凧をあげて遊んでいる。だがだんだんと人は見えなくなり、変わりばえのしない自然が続き、それを見ているうちにいつの間にか眠ってしまった。バスは2階建てで、空いていたこともあって快適だった。リクライニングが145度ぐらい倒れるのだ。深夜だったら少し厳しいかもしれないが、日中では十分すぎる快適さだ。一度休憩をし、クリチバに着いたのは18時半ぴったり。計算されつくしているように、出発予定時間から6時間後についた。

 クリチバの情報がないため、情報を得るためバスターミナルのインフォメーションに行ったが閉まっていた。サンパウロで事前に情報収集しておくべきだった。しかたないので、ガイドに載っていた日本語が通じるホテルオーハラというホテルまでタクシーで行く。道路は空いているし、街はきれいな感じがする。人通りは日曜のためか少ない。
 オーハラに着いたが、この時間は日本語が通じる人がいないのか、日本語はほとんど通じない。英語も通じない。しかたなく会話集で会話だ。リベルダージが普通に日本語が通じたのだが、その状況のほうが特殊なのだ。やはりサンパウロは相当暮らしやすい。とりあえず飯が食える場所を聞き、今回の目的であるシュートボクセの場所を調べてもらった。イエローページで調べると、ちゃんと載っていた。
 街を少し歩いたが、人通りがすくないし、ほとんどの店が閉まっている。マクドナルドでさえもだ。夜(といっても9時前)だからなのか、日曜だからなのか分からない。仕方ないのでホテルに戻り、テレビをつける。驚くことにNHKが映るではないか。サンパウロのホテルは映らなかったので、これはうれしい。海外用に編集されているのか、日本でもそうなのか分からないが、途中の番組では英語でニュースをやっていた。これではNHKの意味がないではないか。


6月28日 ムエタイドリームチーム

 
シュートボクセのプロ部門は午前中に練習していると、何かの記事で読んだ記憶があるので、朝の9時半にホテルを出発する。フロントでイエローページに載ってた場所の行き方をたずねると、バスで一本で行け、駅からも見えるらしい。バスに乗るのは不安であったのでタクシーにしようとしたが、フロントの強い勧めで結局バスに乗ることにした。このバスは路面バスで分かりやすく無事到着。駅員に住所を見せ、だいたいの場所を聞き、ジムに到着した。 シュートボクセの看板は出ていない。ジムの中では二人の練習生が整理体操をしていた。コーチらしき人も2人いた。一人が英語を少し話せたので、彼に話を聞くことにした。ここのジムは、ムエタイドリームチームだったのだ。なんということだ!
シュートボクセではないではないか。ムエタイドリームチームとはシュートボクセから独立したジムである。アスエリオ.シウバやその他にも何人かの日本にも来た選手が所属するジムだ。時間割を見ると、午前に1クラスと午後2時から1時間半ごとに夜中の12時までクラスがある。そのうち柔術のクラスは2クラスだけで後は全部ムエタイだ。さすがにムエタイドリームチームという名前だけのことはある。練習生の話によると、12時からプロのコースがあるということだ。シュートボクセの住所を聞いたが、細かい住所は分からず、たぶんこの通りにあるということで通りの名前だけを教えてもらった。喧嘩別れしたジムなので、あまり深く聞くこともできない。12時まで時間が1時間半以上もあったので帰ることにした。すると「もうすぐシャオリンが来るから待て」と言われた。シャオリンといえばノヴァユニオンで修斗のチャンピオンのことだよな。打撃を学びにここまで来ている
のだろうか。そういえば最近はジム同士の交流が盛んだと、日本の格闘技雑誌に載っていた。シャオリンを待つことにする。

 シャオリンがコーチと共に到着。俺の知っているシャオリンではなかった。ここの練習生の、シャオリンと呼ばれている別の人物であった。昔、物凄く痩せていて、それでいて坊主頭であったため、少林寺の修行僧みたいだということでシャオリンと名づけられたらしい。このシャオリンは英語がべらべらであった。どうもポルトガル語ができない俺のために、英語のできるシャオリンを、コーチがわざわざ呼びに行ってくれたらしい。彼は相当日本好きで、日本の話で盛り上がった。彼も他の外国人同様に日本に関して相当誤った知識を持っていたので、修正しておいた。ニンジャに関する話や、ヤクザに関する話など。
 12時まで待ったのだが誰も来ない。アスエリオ.シウバが先週末に韓国で試合をしたから、今日はたぶんプロコースの練習はないとか言っている。いいかげんだ。仕方ないのでコーチと3人で昼飯を食いに行くことになった。サンパウロよりも物価が安く、ビュッフェ形式で7レアルもしなかった。コーチの話によると、シュートボクセと分かれたからもうプライドには上がれないらしい。日本で試合をしたいらしく、やたらと試合のギャラのことを俺に聞いてきた。俺もそこまではよく分からないので、適当に答えておいた。 
シャオリンがキモノを取りに行くというので、一緒に彼のマンションまで行く。道中は彼がずっと下ネタを話していた。まだ19歳という事だ。若い。部屋に着くと、ブラジルのプレイボーイを何冊か持ってきてくれた。その内の1冊にベウフォートの奥さんが表紙のがあり普通に脱いでいた。2000年の出版だから、彼はこの本をそんなに長く保管していたのだろうか。つづいて大量のアダルトビデオとDVDを持ってきて、どれが見たいとか聞いてきた。こいつは練習前に何を考えているのだろうか。練習開始は2時からなのに、もう2時を超えていた。

 道場に着いたのが2時半。だが練習はまだ始まっていない。結局開始は45分だった。最初のクラスからスタートが遅れたら、この後はどんどん遅れていくだろうに。さすがブラジルだ。しかも今日は先生が来ないらしい。いったい何なんだろう。人数は少ない。紫帯一人、青帯一人、白帯二人。最初にハーフからのパスガードの限定スパーを二本ほどやり、通常のスパーに入った。ここの紫帯は強かった。7分のスパーで5回ぐらい極められた。情けない。話を聞くと去年のブラジレイロのチャンピオンとか言っていた。本当か分からないが、信じられるくらいの強さを持っていた。ムンジアルに出場しても、優勝するようなレベルの奴と戦ったら秒殺されるかもしれない。また、ここの白帯が信じられないくらい力が強かった。クロスガードからアームロックを取られるし、サイドポジションをとっても鉄砲返しで逆に返されるし、いい所がほとんどなくやられてしまった。ショックである。シャオリンが言うには、この白帯はメッカヴァーリトゥードでも数戦を戦っていて、プロでばりばりやっている選手らしい。なんで白帯を巻いているんだろう。柔術を専門的にやってなくても強い人間には、もっと上の帯を巻かせてもいいと思うのだが、いろいろあるのだろう。

 全員とスパーした後、ムエタイの練習に入る。柔術から続ける人間は俺を含めて3人だけだ。その他に、カーソン.グレイシーの黒帯と言う人間が練習に加わった。彼はヴァーリトゥードの試合があるのか、シャオリンがミットを持って、ずっと別メニューの練習をしていた。グランドでのパウンドや、猪木アリ状態からの蹴りなどもミットに混ぜていた。俺は練習生と二人組みで、ミットでコンビネーションの練習を5,6パターンやり、その後パンチのコンビネーションのシャドーをやった。正直言って楽な練習だし、技術的には問題があると言える。まあアマチュアのクラスと言うこともあるのだろう。だが、ガードだけはうるさいぐらい言われる。ブラジルの打撃のスタイルは、ガードを固めて、前にでるという感じなのだろう。

 プロコースの練習を見られなかったため、ムエタイドリームチームの真の力がどんなものか分からなかったのは残念である。だがシャオリンという友達もできたし、柔術が強いやつもいるし、クリチバで練習するのも面白いかもしれない。


6月28日 悪の巣窟

 
ムエタイドリームチームからホテルに戻ると、夕方の6時ぐらいであった。次の日にシュートボクセを捜しても見つかるか分からないので、練習生からもらった住所を頼りにタクシーでジムの場所を探してもらう。いくらクリチバが狭い街といっても、タクシーの運転手を含め誰もシュートボクセの場所はわからなかった。考えてみれば当たり前である。東京にいても誰も、極真の総本部やK-1の正道会館や新日本プロレスの道場や九重部屋の場所などは分からないのだから。東京はクリチバより広いが、
似たような感覚だと思う。迂闊であった。ムエタイドリームチームの練習生に聞いた通りが正しかったため、幸運なことになん
とか迷いながらもタクシーでシュートボクセたどりつくことができた。
 俺が着いた時間は柔術の時間であった。受付に見学したいことを言うと、日本人が2人練習に来ているという。ここに日本人がいるとは思わなかった。ちょっと信じられないことだ。その人達二人とは話をさせてもらった。一人は、高田道場の高橋渉選手。つい最近、ブラジルの大会で勝った選手だ。この試合は1週間前に出ることが決まったらしい。シュートボクセの2階に寝泊りしているとのことだ。俺には考えられないぐらいのタフさだ。ちなみにニーノ.シェンブリと相部屋とのことだ。シュートボクセで練習することになったのも、ブラジルに来てから決まったらしい。高田総統というか高田延彦統括本部長の鶴の一声で、「お前ここで練習して行け」と。恐るべし。今日の練習の後に、高橋選手は青帯を師範からもらっていた。残念ながら帯叩きはしていなかった。柔術では帯が上がると、皆で帯で昇進者の体を叩いて祝福するのだ。もう一人はHさんという方だ。(まだプロでないので名前はださない。)日本ではテコンドーと相撲をやっていたらしい。総合格闘技のプロになりたくて、シウバの戦い方を見て、シュートボクセに入門したらしい。日本では寝技の経験はないらしいが、いきなりシュートボクセとは、すごい根性だ。ぜひがんばってもらいたい。

 柔術の後は、ムエタイの昇級審査があるとのことで、道場にあふれんばかりの練習生が集まってきた。だがムエタイに級とか段などあったのだろうか。この審査にはヴァンダレイ.シウバも来ていた。レベルの下のほうは、コンビネーションの型をやっていた。上のほうの人達は、スパーリングだ。シウバもスパーに参加していた。スパーといって7割ぐらいのマススパーなのだが、途中から皆熱くなり結構本気でパンチを入れているように見えた。恐ろしい。
 審査が終わった後は、先生の偉いお話を聞いて終了。シウバは人気者で皆に写真撮影を頼まれていた。どさくさにまぎれて俺も写真を撮っておいた。シウバは試合の時とは違い、にこやかに日本語で「元気ですかー!」などと聞いてきた。身近で見ると僧帽筋と広背筋のつきかたが半端でなく凄い。近藤有己との試合が楽しみだ。

 翌日は朝の10時からプロのムエタイクラスがあるということで、見学にいく。さすがに昨日のスパーを見ると参加する気は失せる。10時前に着くと、柔術クラスの練習をしていた。高橋選手も参加していたが、夜のクラスと違い人数はそれほど多くない。ニーノが練習していたが、もみ上げが剃られていて誰かは最初分からなかった。ニーノというのは桜庭選手と1勝1敗の選手で、」エルビスプレスリーの大ファンで、髪型もエルビスを意識している選手だ。試合の時だけなく、練習でもエルビス張りにもみあげをのばしていてもらいたいものだ。

 10時からはムエタイクラス。日本に来た選手では、ムリーロ.ニンジャ(もちろんリングネーム)がいた。練習はブラジル体操とシャドーを交互に繰り返す。それが10分ぐらい。それが終わると、グローブを装着してスパーリングに入る。ほとんどの選手が、すねあてはつけていない。グローブもふにゃふにゃで、感じとしては日本の10オンスぐらいの薄さだ。ヘッドギアはしないが、ボディにプロテクターのようなものをつけている。腹を守るより、頭を守るべきだと思うのだが、なぜヘッドギアをしないのだ
ろう。
 このスパーは1ラウンド5分ぐらいで、10ラウンドぐらい続いた。休みはほとんどなしである。100%のガチンコではないが、昨日と同じで7,8割の強さでやっているし、途中から100%の力で打ち合っている。日本の練習では、試合前でヘッドギアとかをつけてのスパーでなくては、ここまで強くは打ち合わない。また、興奮して打ち合っても周りが熱くなるなと止めてくれる。だがここでは逆に、周りが打ち合えと煽っているのである。
シュートボクセの強さが分かった。ここでは強い人間しか生き残れないのだ。普通の人間は強くなる前にパントドランカーになってしまうだろう。こんなきつい状況の中で高橋選手はよくやっていた。こっちにきて2週間ぐらいとのことだが、すでにダウンを2回もしたらしい。今日もムリーロ.ニンジャとやって飛び膝蹴りを食らって、倒されていた、しかしその後も打ち合っていく。いいものを見させてもらった。高橋選手も3ヶ月ぐらい修行するらしいが、今までの日本にはいない面白いファイターが生まれるかもしれない。「このままじゃパンチドランカーになりますよ」という彼の言葉は心配であるが。
 今日はバーリトゥードの練習はしていなかったが、このムエタイクラスの流れでやるらしい。せっかくだから見たかったのであるが残念だ。だが、非常に刺激を受けた。
 当初の予定では今日サンパウロに行き、荷物を取り、夜中のバスでリオに向かうはずであった。だがバスの冷房が強すぎて体調を崩してしまった。サンパウロで一泊し明日の昼のバスで、リオに向かうことに変更した。