西山 誠人×3プロジェクト〜世界王者編〜
キック世界王者、西山 誠人による最強ドキュメント





@ 出会い 〜 「問題点」はすなわち「メチャクチャ強くなっちゃう点」

西山 誠人。

この世に生を受けてから28年とちょっと。

キックボクシングを始めて12年、プロデビューから早8年、その間こなした試合は19回。

こうして数字を並べ立ててみると、嫌でも歳を取ったなぁと感じてしまう。

自分のデビュー戦の相手が28歳だと聞いた時、「なんだピーク過ぎたおっさんじゃん、らくしょー」なんてことを考えていた時から指折り数えて、実に8年もの歳月が過ぎているのだ。

ふと気が付けば、自分がその「おっさん」のレッテルを張った年齢になってしまっている。若手から見たら、ピーク過ぎてる、とか思われているのだろうか・・・。

時間の移ろいに抗うすべも無く、嫌でもベテランの領域に足を踏み入れつつある昨今。

なんとなく思考も老骸化しつつあり、自分の運命を変えるほどの「出会い」というものは、もはや無いものと思っていた。



しかし今年6月、そんな凝り固まった思考の枠をあっさりと破壊してくれるような出会いは、突然やってきた。


私が初めて格闘クリニックの門を叩いたのは、2005年6月24日に行われた試合の当日の朝である。

当時の私は、試合一週間前から体調を崩していたこと、対戦相手が無尽蔵のスタミナを有していること、などからスタミナをつけるために藁をも掴む思いでいた。

そんな折、ジム仲間から「スタミナがつく」と教えてもらった「スタミナ点滴」を施してもらうために、神にすがる思いでクリニックを訪れたのであった。

しかしながら、普段全く神を信仰していない自分の身に都合よく奇跡など起こるはずもなく、早々にスタミナが切れ、一方的な敗戦。

相手が強かったのは確かであるが、自分の実力が出し切れなかったとの思いが強く、無念の思いが強かった。



技術的な課題を挙げればきりが無い。

しかしながら技術的な成長も無くはない。

過去19試合、毎回毎回、歩みは小さいけれども着実に成長している自負がある。

ゆえに、技術的な課題に関しては、今後ある程度時間を掛ければ対応可能であると考えられる。

しかし、試合に関して、どうしても自分の中で消化仕切れていない部分があった。

それは、ベストパフォーマンスを発揮する方法。

すなわち、いかにして試合で練習通りの実力を出すことが出来るか。いかにして自分の培ってきた全てを出し切るか---。

よくよく考えて見れば、昨年くらいから100%のコンディションで試合に臨んだことがない。それでもなんとか結果を出してきたがために、目をつぶってきたという面が多分にある。

勝てている時はなかなか表面化しない、実に厄介な問題である。

19試合もこなしているけれども、コンディショニングに関しては、未だに答えが見つかっていない。

まだまだ二流の証拠である。



今回の試合は我が格闘技人生における、一つの大きなターニングポイントになるべき試合であった。その試合の持つ重要性は十分に認識していた。

が、またもやコンディショニングに失敗、敗戦。

ここまで登ってくるには相応の我慢と労力を要した。

時間もかかった。

幾多の苦難を乗り越え、自分の手で掴み取った大一番。

しかしながら負けてしまえば、失うのは一瞬。

そう、3年かかってたどり着いたものも、たったの15分で跡形も無くなってしまうのである。

一人夜中に、画面が滲んで見えなくなるまで敗戦のビデオを観ながら、積み上げてきたものと失うものの大きさを悟った時、今まで蓋をしてきた最後の扉を押し開けようと心に誓った。

自分の実力を出し切れずに敗北を重ね、これ以上自分の価値を落とすことは、愚かである。

たくさんの大切なものを犠牲にしながら試合をし、さらに試合でも負けて多くを失う。

こんなことを繰り返すくらいなら、辞めれば良い、ということは明らかである。

しかし、それは自分の望む姿ではない。どういう状況であれ、全てを成し遂げたいという気持ちが、自分を突き動かす動機となっている。

自分の望んでいる姿を実現させるためにも、100%のパフォーマンスを発揮することにこそ、時間とエネルギーをかけるべきだ。

それによって試合に勝つ確率は飛躍的に上がるはずだし、仮に負けても100%出せたのであれば納得がいく。引退した後も悔いは残らない---。

全てを悟った時、自分の足は医学の道へと向かって歩き出した。

格闘クリニック・二重作ドクターに相談を持ちかけ、協力を仰ぐことになったのである。

自分の抱えている悩みは、医学的にどのように説明されるのだろうか。

どうすれば改善することが出来るのか。

ドクターとのディスカッションを重ねた中からいただいた言葉。


「問題点」はすなわち「メチャクチャ強くなっちゃう点」ですから!


自分がマイナスに捕らえていたことを、あっさりとプラスの材料に転換してもらったとき、目の前を覆う闇の中に一筋の光明を見いだすことができた。

やはりここには、自分の欲していた答えがある、そう確信した瞬間でもあった。

強くなった自分を思い描いて、また走り出そう。

悔いの残らない選手生活を送るために。

2005年7月某日、ここに西山誠人再生プロジェクトが発足したのであった。


A祭り 〜 突き抜けた瞬間

プロジェクト発足を目前に、自分の格闘技に対する取り組み方・価値観を大きく変えるもう一つの出会いがあった。


「格闘技スパーリングSUMMER NIGHT 2005」。


意図するところは、空手・キックボクシング・ボクシング・総合など各ジャンルの一流格闘家が自主的に集い、スパーリングを通じて技術的・人的に交流を持つ場。

そして、それぞれの良さを身を持って体験、吸収し、今後の成長につなげる。

---そのように聞くと通常ならば、

「斬新で楽しいイベント、そんなお祭のような大会には是非とも参加したい!」

と思えるはずなのだが、敗戦直後の落ち込んだ精神状態のために外部からの刺激に臆病になっており、にわかに参加を決意することができなかった。

試合後ということで、ダメージを理由にして断ろうか、そう考えた時もあった。

しかし、敗戦の原因を追究するに従い、現状を打破しなければならないとの思いが芽生えてきた。

その思いは日増しに強くなってきて、とうとう、「敗戦のショックをいつまでもひきずっていても仕方がない、運動再開の良いきっかけにしよう」と思うに至り、このお祭りに参戦を決意したのであった。



私は普段、あまり格闘技を見ない。

テレビでやっているものはかろうじて目にするものの、それ以外の格闘技は、人から借りてまで見ようとは思わない。

キックボクシングも、自分の団体の興行と交流のある団体にたまに足を運ぶ程度。

さらには格闘技雑誌もあまり熟読していないため、一部のビッグネームを除いて、参加者のほとんどを知らない、という状況であった。

今となっては甚だ失礼な話であるが、自分が知らない選手=実力も高くない選手、と高をくくっていたのである。

さらには、スパーリング大会のルールはキックルールが中心ということもあり、スパーリング大会における自分の技術は相対的に高いレベルに位置するもの、と信じて疑わなかった。



しかし実際にスパーリング大会が始まってみると、衝撃の連続であった。


自分の甘い現状認識を簡単に吹き飛ばしてくれたのが、初めに行われた「ウォーミングアップ・目慣らし」の部。

10%程度の力でたくさんの参加者と断続的にマススパーをやるというものだ。

相手に触る程度、ということで甘く考えていたのであるが、次第に会場のあちらこちらで心地よい打撃音が響き渡ってくるようになっていた。

参加しているメンバーが、みな活き活きと楽しそうに動いているが、その表情からは甘さは一切見られない。

さらに普段あまり目にする機会の無い、空手選手同士がボコッボコッと、お互いのボディをえぐり合う姿。

女子選手同士が遠慮なく顔面にパンチを入れている姿。

これを衝撃と言わずになんと言おうか。

軽い感覚で参加を決意してしまったものの、甘い気持ちでは間違いなくやられる、そして甘い気持ちでは何も得られない、そう気付くまでにそれほど時間は掛からなかった。

後から分かったことであるが、自分があまり詳しくない空手・総合などの他ジャンルからの参加者の多くは、プロや全日本クラスの選手だったという。

さらには世界レベルの選手や‘伝説’と謳われる選手までいたというのだ。知らないということは恐ろしい。自分の無知さを呪ったものだ。



やがて舞台はワンマッチスパーリングへ。主催者の配慮によって、多くの一流選手とスパーをさせていただいたのだが、その一つ一つが大きな発見の連続であった。


以前一緒に練習していた、他団体キックボクシングのランカー。

以前より一層上手さに磨きが掛かっており、所属団体でランキング1位にまで上り詰めているのは伊達ではないことを確認できた瞬間であった。

と同時に、一方的にやられることもなく、相応に対処できた自分もいたわけで、自分の成長も感じ取れた瞬間でもあった。



続いて、カラテ全日本トップクラスの選手とのスパーリング。

明らかに一流であることを示す、切れ味の鋭い蹴り技もさることながら、積極的にパンチで攻めてくるというチャレンジ精神には驚いた。

空手という枠にとらわれず、未知のはずのキックルールを積極的に体験し、多くを吸収しようとの意識の高さに、素直に感銘を受けた。



さらには総合系カラテの元王者。

空手がベースのはずなのだが、実際にやってみるとタイ人のようなリズムでミドルキックを連発され、さらには組んでも軸が強く、全くぶれない。

スキが全く無い。

自信と余裕たっぷりの表情からは、完成された自分のスタイルを持っているという「強さ」が滲んでいた。


最後にカラテ日本代表クラスの選手。

この日のこれまでの自分のスパーリング、および他人のスパーリングを見ることを通じて、「相手の良さを引き出す」ということを少しずつ意識できるようになっていたため、パンチは少なめで、空手よろしく、慣れない後ろ回し蹴りやハイキックなどを繰り出してはみたものの、何事も無かったようにかわされてしまい、結局相手から何も引き出すことが出来ず。
逆に相手の蹴り足の鋭さに反応できずに、簡単にハイキックをもらってしまう。レベルの違いを痛感させられたスパーでもあった・・・。






















こうして、狂気のスパーリング大会が幕を閉じた。

開始前の私の予想はあっさりと覆され、今回はついていくのがやっと、という状態であった。

初めての相手と対峙するときに自分の持っている技術・適応力・創造力がどの程度通じるか、を試す程度のことしかできず、相手の良さを引き出すことなどということを考える余裕は全く無かった。


この貴重な一日を通じて分かったことは、単に自分が知らないだけで、ジャンルを問わず、格闘技の世界には強い人間はたくさんいる、ということ。

逆に言えば、自分の住んでいるキックボクシングという世界はとても狭いのだということ。

自分の知らない世界に、これだけ強い人がたくさんいるという事実に、キック界で「勝った、負けた」と悩んでいるのがちっぽけなことのように思えてきた。

小さい殻に閉じこもっていては今後の成長は無い!



                強くなりたい、そう思った祭の夜。突き抜けた瞬間。


未知の世界との遭遇は、自分の内部で強烈な化学反応を起こし、新たな価値観を生み出した。

2005年7月2日、
この日を境に、「いかにキックボクシングで相手に勝つか」、ではなく、もっと「本質的な強さ」を求めるようになったのだった。


B始動 〜 まだまだあと3倍くらいは絶対強くなれますから

私が格闘クリニックに求めたのは、以下の二点であった。

@試合中に手足が重たくなる、という症状に対する科学的な根拠と練習による回避策

Aベストな状態でリングに上がれない、というジレンマを解消する最新のコンディショニングの導入

上記二点は、ある程度経験を重ねたスポーツ選手であれば、自らの経験から解答を導き出しているものであろうが、恥ずかしながら私には完全に消化できていない部分であった。

よって、ドクターに意見を求めて現状を分析し、まずは頭で理解することとした。その上でプロジェクトを立ち上げて、次回に向けての対策を講じ、必要な練習を積み重ねていくこととなった。

現状分析として、クリニックでまず格闘家・アスリート血液検査を行った。

血液の状態を調べることによって自分の体が今どのような状態であるのかを具に観察することが出来るという。

しかもここにはあらゆるジャンルの格闘家のデータがあるらしい。さすがは強くなる為のクリニックだ。

結果、貧血気味=スタミナ面での改善の余地あり、との診断を受けた。スタミナの指標である、ヘモグロビンがトップファイターとの比較はもちろんのこと、正常人と比べても低めだったのだ。

貧血気味な状態で試合に臨むことによって、体内に十分な酸素を供給することが出来ず、次第にスタミナが無くなり手足が重たく感じる、という仮説は十分に根拠がある。

よって、まずは鉄剤の処方を受けることとなった。

さらに、鉄の効果的な摂り方や、鉄とビタミンCを同時に摂取することで鉄の吸収が促進されること等、食生活におけるアドバイスもいただいた。

血液検査によって現状を分析した後、本格的なプロジェクト開始に向けて一度目のセッション練習を終えた。

「貧血を改善し、スタミナアップに有利な食生活をおくりながら、心肺機能系トレーニングでヘモグロビン値のさらなる向上を目指すこと。さらに筋持久力系トレーニングを行い、筋肉中のミトコンドリアを増やすこと。」これが最初のテーマとなった。

血液データから運動能力まで、一通りチェックされた後に、ドクターからいただいた言葉。



自分から見たらまだまだあと3倍くらいは絶対強くなれますから

3倍」という言葉を聞いたとき、正直驚いた。

先だってクリニックで行われた「格闘技スパーリングSUMMER NIGHT 2005」において、空手やキックの超一流選手たちと交わることで、格闘技の世界の広さ・奥深さを知り、まだまだ強くなる余地が十分にあるということは認識していたが、「3倍」は言い過ぎではないか?そう思ったものだ。

しかしやがて、まだ自分の体にはそれだけ発展する余地が残されているのか、という嬉しい気持ちが芽生えてきた。

今の実力で現在のポジションにいる、だったら今より「3倍」強くなったら自分はどこまで行けるのだろう?

そんなに強かったら試合がしたくてたまらなくなるんじゃないか?

楽しそうだ。なれるのならば、3倍強い自分になってみたい。

そう強く思い描いた時、「西山誠人再生プロジェクト」は「’×3’プロジェクト」として、その目的地を定めたのであった。

何度かのディスカッションを通じ、プロジェクトは徐々に具体的な方向性を持って活動し始める。



まずは、身体的なパフォーマンスをアップさせるべく、特別に個人的なトレーニング・プログラムを組んでいただくこととなった。

くわしいトレーニング内容はここでは割愛するが、低酸素トレーニングに近いもの、と言ったらよいだろうか。

酸素供給が制限された状況を作り出すことによって試合中の苦しい場面を模擬的に再現し、身体を適応させるという狙いがそこにはある。

科学的と言えなくも無いが、その根底に流れているのは、紛れも無く根性論である。

しかし単なる根性論ではなく、トレーニングの結果が毎回数値となって表れてくるということ、これがミソであった。

何しろ毎回、数字として表れるのだから、前週の自分と比較して、向上したかどうかがその場ですぐに見て取れる。

これは、理系の自分を納得させるのに最も有効な手段である。

精神的な根性論ではなく、理系の根性論。

「追い込んだ」という錯覚まじりの感覚ではなく、数字が追い込めたことを明確に証明してしまうという状況。

内容的には自分の苦手分野克服ということで、かなり辛い練習であったが、前週の自分に負けたくないという気持ちと、3倍強くなった自分を夢見て、そうなりたいと願う気持ち。

これらが揃って初めて、毎週の胃が痛くなるような時間を乗り切ることが出来たと回想する。



さらには、格闘技スタジオで毎週土曜日に行われている、「格闘技メディカルトレーニングクラス」への参加。

自分の今までの格闘技に対する取り組みとは明らかに異質な練習メニュー。

ミット打ちでもサンドバックでもない練習。

初顔合わせの参加者との笑いが絶えない空間。

単純に見えるメニューの中に、強くなるための医学的根拠がふんだんにちりばめられた宝探しのような時間。

最初は出来ないメニューばかりであったが、回を重ねるにつれ、出来ないことが少しでも出来るようになった時の喜び、それは、また一つ強くなったとの確信できる瞬間でもあった。





真夏の暑さも忘れて充実した練習を繰り返していた8月某日、復帰戦決定の連絡が入る。

一ヵ月後のJ-NETWORK主催興行、メインイベント。

驚いたことに世界タイトルマッチだという。

通常の復帰戦としては考えられないマッチメイクである。当然のことながら、相手は未知の強豪。

勝てばタイトル獲得となるが、復帰戦で連敗でもしたら、限界説まで流れかねないという、ハイリスク・ハイリターンな復帰プランである。

しかし、着実に練習の成果がでているという確かな充実感は、出場をためらう隙を与えなかった。

二度とは巡ってこないであろう大舞台で、生まれ変わった西山を披露する最高のチャンスだ、と前向きに捉える自分がいた。

復帰戦は、敗戦から得たものを実証するべく、自分が取り組んできたことの発表会の場なのだ。

こうして、大舞台での復活劇に向け、プロジェクトは更に加速していくのであった・・・。




C    確信 〜点と点が線になる〜

一ヶ月後に迫った復帰戦に向け、ドクターとのパーソナルトレーニングは実戦を想定した技術練習にもウエイトを置き始めた。

試合中の様々な場面を想定し、技の選択・繋ぎなどを体に覚えこませる作業が続いた。キック力、パンチ力とは体をどのように使えば生み出されるものなのか、という医学的な解説を受け、まずは頭で理解。そして体得するために、ひたすら反復練習。

加えてドクターの持つ、空手をベースとした戦いの理論の伝授。研修医と選手を両立させた頃の時間の生み出し方なども参考にさせてもらった。

教わること全てが自分にとって斬新であり、刺激的であった。なかなかすぐに使えるようにならずに歯がゆい思いもしたが、少しでも教わったことが出来るようになったときには、「これでまた強くなった」という確かな手ごたえを感じたものであった。

並行して行っていたフィジカル強化に関しても、数値による着実な向上を確認できており、試合前3週間を切った辺りから、徐々に小さな自信のようなものが芽生え始めてきた。


試合を10日後に控えたある日、ドクターから神田川沿いをランニングしようとの誘いを受けた。

サンドバックもミットもない環境でどんな練習が出来るのか。今までジムに10年近くも通い続けており、ジムワーク以外してこなかった自分としては、正直戸惑いもあった。

試合10日前のこの大事な時期に、川沿いでランニングなどしていて良いのだろうか?

ミットを蹴ってスパーリングをやるべきなのではないか?

しかし、今回の復帰戦のためにドクターと共に行ってきた全ての取り組みは自分にとって新しいことであり、そこから大いに学ぶものがあったのも事実。今回のランニングからも何か得られるかもしれない。不安と期待の入り混じった気持ちで、約束の神田川へと足を運んだのだった。

到着したのは、神田川のほとりにある、ちょっとした緑の木々に覆われていることを除いては何の変哲も無いランニングコース。

そして実際にやったことといえば、ランニングとシャドーのみ。

こうして文字に直してしまうとただこれだけの練習であるが、結果的にこの一日で、恐らく今までの格闘技人生で一番の収穫を得ることに成功する。


この2ヶ月間にやってきたことを思い出しながら一から順に整理し、シャドーによって反復する。そしてディスカッション。

さらに反復---。



約2時間に渡って行われたこの作業を通じて、頭の中に独立して存在していたパーツ、すなわち今まで取り組んできた一つ一つの練習の成果が融合し始め、次第に一つの形を作り始めた。

それぞれ別々にインプットしてきたために何の関連も無かったように捉えていた一つ一つの技術は、実はある目的のために必要だったのだ、ということに気付く。

神田川のほとりで行われた作業は、自然の中で頭の中をリフレッシュし、試合に向けてやってきたこと、試合でするべきことの最終確認だったのである。

結論。今まで取り組んできたことは、自分の良さをさらに活かすための補強の作業であった!

自分がパンチとローキックの選手であるというのは自他共に認めるところであるが、今回取り組んだのは、ストレート、ローキックという一つ一つの技のキレや威力を打ち込みによって磨くという方法論ではなく、いかに得意な技まで繋げるか、という方法論。

パンチ・ローキックという自分の良さは残しつつ、それを有効に使うために、イントロのバリエーションを増やし、攻撃後は速やかに安全なポジションへと回避する、という練習を行ってきたのだ。

一連の動きをパーツに分け、それぞれを別個に取り組んできたために気付かなかったけれども、実は一貫性のある練習方針であったことが明らかとなった。今まで持っている自分のスタイルを残しながら、さらにそこを徹底的に活かそうという目的で練習してきたのならば、間違いなく以前よりも強くなっているはずである。




                            点と点が線になる。確信に変わる。


点と点が一本の線になった瞬間、頭の中にわずかに残っていたモヤモヤは一気に晴れていった。

プロジェクトの方向性を今頃になって理解したのはやや遅かった感もある。しかし、練習に打ち込めば打ち込むほど、そして試合が近づけば近づくほど、プレッシャーという名の目に見えない魔物が忍び寄ってきて、だんだんと思考を偏屈なものにしてしまうのも事実。そんな状況だったからこそ、自然の中で一つ一つ、これまで取り組んできたことを見詰め直し、頭の中を整理し、しっかりと体に定着させた今回のランニングは、過去にない大きな収穫を与えてくれたのであろう。

虚ろだった焦点が、しっかりと定まった思いがした。

この日の大いなる発見によって、「江戸川橋ブレインストーミング」と銘打たれた本イベントは、以降、試合前には欠かさずに行われることとなる。


全てを理解し、プロジェクトの一貫性を確認することに成功した後、やるべきことは練習の完成度を実際に測定することのみであった。

それを可能とするのは唯一、スパーリングしかない。しかも初めて対峙する相手と手合わせするという、緊張感のあるスパーリングが必要であった。

なぜならば次戦の相手も未知の強豪。よって初めて手合わせする相手に、どれだけ自分の最新スタイルが通用するのか、技の攻防の中で相手のパターンを読み取り、自分の得意な形が出せるかどうかを確認すること。この目的を果たすためには、出稽古によるスパーリングは非常に有効であった。





最終調整の地として選んだ場所が、新田明臣選手率いるバンゲリングベイ。強豪選手がひしめくバンゲリングベイで同じく試合を控えた選手を相手に噛み締めるようにスパーリングを行った。

一つ一つ自分のやってきたことを確認しながら、アウトプットとして出すことに傾注。そしてこの日、プロジェクトの方向性は間違っていないという確信を得るに至ったのであった。


ここまでしっかりと試合に備えたことは、過去に例が無い。体の中から、確かな充実感が沸き起こってくるのが感じられる。

「早く試合がしたい。」

偽りなく、そう思えた。




【続】

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