四角いリングに、夏が来た!  2006.7.25 J−NETWORK 後楽園ホール





「夏」の始まりっていつなんだろう?

北九州にいたころは、朝早くから公園から聞こえてくるクマゼミの鳴き声が夏の訪れを知らせてくれていた。

東京都心にはクマゼミは鳴いていない。

「きょう梅雨が空けました。いよいよ本格的な夏が到来です。」という電波を通じたメディアから、自然を、季節を知らされてしまっていることの不思議。

季節の変化を自分の体を通じた「体感」ではなくデジタルな「情報」でいつの間にか確認してしまうことが多くなってしまっている。

2006年は、夏がどこかで足踏みしている

7月も中旬を過ぎているというのに、今年はまだ梅雨が明けていない。

都会の空を見上げると、どんよりとした寒天のような雲に覆われていた。

暑い、熱い、厚い、夏らしい夏の到来はまだなのか!?


2006.7.25夕刻。


仕事を終えて、超特急で家に帰り、仕事着からお気に入りのTシャツに着替えて、後楽園ホールに直行する。

新しくクリーンなキックをめざす、J−NETWORKの大会だ。

入り口でパスを受け取り、早々と階段を駆け下りて地下に潜る。

目指すはTEAM KOMIYAの控え室。

いつもニコニコ笑顔をたたえている、タイの名トレーナー、ターさん。

試合で負傷してしまったものの、順調に回復し次に向かって進んでいる小宮選手とおなじフォルティス渋谷ジムの黒田アキヒロ選手。


そして試合前で、いつもよりしまった空気に包まれた小宮由紀博選手がそこにいた。


「 遅くなってごめん!今日もよろしくっ!」

挨拶もそこそこに、さっそくいつものテーピングをスタート。

テーピングには固定だけでなく、筋の緊張を高めたり、握りを意識したりといった身体機能を向上させる使用法もある。

小宮選手とは、今まで何度も人体実験にも似た?格闘技におけるテーピングを研究してきた。彼は鍼灸師のライセンスも持っており、人体の構造も詳しい。

「 あと5度くらい、尺屈できる?」という専門的かつマニアックな指示が通じる選手なのだ。

今回は拳の一点だけにパワーを集中できるようにシンプルにテーピング。オリジナルのトレーニングとテーピングの蓄積を試合で再現、実証する共同作業はとても面白い。

ターさんによるムエタイ流バンデージが終了するころには、小宮選手のゆかりの人たちがぞくぞくと集まってきた。フォルティスの成田会長、グレイシャア亜紀選手、1週間前に味祭で戦ったばかりの山田隆博さん、今回はカメラマン役の鎌田さん・・・。

「おっと今日はあの男がいない!?」と思ったら、世界チャンプ西山選手はリングサイドの実況席でゲスト解説していた。気の利いたコメントよろしく頼むぜ、誠人ちゃん。

さて、話題は小宮選手に戻る。小宮選手の今回の課題は、うまさと強さの邂逅だった。

前回のタイトルマッチ、小宮選手は相手選手の攻撃を見切るタイミングなどは抜群のものがあった。

技術的には非常に伸びていたのだが、これが逆に裏目に出ることもあるのが格闘技の恐ろしさ。

技術的に下の選手、経験不足の選手がとにかく前に出て勝利を手にすることが起きるのだ!結果、相手の攻撃をほとんど見切っているのに攻勢点で差をつけられる、という結果になってしまった。


試合が終わってしまえば、見切ったあとにしっかりと返すなり、カウンターを取るなり、様々な解決法があったことに気づく。でもそれを試合中に本人に気がつかせてあげれなかったこと、もっといえば試合前からそのようなパターンを想定していなかったこと、これらはTEAMの一員である私の責任でもあった。

「最初から絶対KOしにいきます。倒します。」

試合前のミーティングでも語っていた小宮選手。テーマは「怖い小宮由紀博」を取り戻すことだった。

今回のウォーミングアップは、私が今まで見た中でも最高に近いものだった。

試合の1時間以上前にターさんとの1回目のミットで息上げを行い、内蔵に分布している血液を全身の骨格筋にいきわたらせる。運動していないとき、筋肉にはたったの20パーセントしか血液が流れていない。早い時間帯に動くことで体中が眼を覚ます。ミット息上げで練習のときの苦しさを思い出す、心理的な効果も期待された。

しばらく休んでから、ストレッチから再開。いちど身体が暖まっているので、ストレッチがいつもよりうまくいく。いつもジムやクラスで一緒のグレイシャア亜紀選手もストレッチを明るく元気いっぱいにサポートしてくれた。

続いてはターさんと2回目のミット。今度はターさんが攻撃してくるのを処理し、反撃する実戦アップ形式。空気を裂くような鋭い肘とミドルが冴え渡る、小宮選手。そして鎌田選手の身体をかりて、技術と戦術の確認。強いフィジカルを持つ鎌田選手に小宮選手の戦慄の膝が槍のようにグサッと突き刺さる!

場所を選手入場口に移動しても、小宮選手の「実戦アップ」は終わらない。

次のアップの相手は私。

「パンチ連打してください」、の言葉どおりにパンチを打っていくと、ステップで処理し『3つの武器』で返してくる。わずか2畳のせまい空間でやってきたトレーニングがフラッシュバックしてくる。

最後は、山田隆博さんを相手にしてのアップ。山田さんの速い動きに対応し、ディフェンスからの返しを最終チェックする。

連続スパーをやるかのように全身に汗をかいて、いつでも戦えるような状態を作り上げテンションを高めていった小宮選手。

KOを量産していた頃のマイクタイソンとまったく同じウォームアップだった。



試合は開始39秒、KO勝利。

攻撃を全く切らさず、怒涛のラッシュで相手選手をマットに葬った。

怖い小宮由紀博が帰ってきたが、

「絶対これでは満足しない」

試合直後の彼の表情が物語っていた。

今、いろいろな選手に出会うチャンスがあるが、小宮選手ほど喉が渇いている選手はめったにいない。





控え室に戻り、私はTシャツをREVEL LIONからPRAY FOR PEACEに着替えた。

気持ちを切り替えて、TEAM NITTAに合流する。

新田選手はすでにウォーミングアップを終えており、出番を待っていた。

今回の相手は、ロシアの強豪選手。

ウチョニンは日本ではまだ知られた存在ではないが、アマチュア時代には178戦154勝というとてつもない成績を残し、プロ転向後も12戦10勝(5KO)2敗の好成績。アマ時代にプーチン大統領からロシアスポーツ功労賞を表彰されたいう、ロシアのアマ・キックボクシング界の英雄だ。

スポーツナビではこのように紹介されている。

日本ではまだ無名であるが、実力の程は推して知るべし。

しかし、新田選手に関しては相手が強いことが試合をよい方向に導くことが過去何度もあった。

相手が強い方が新田選手の真の実力が引き出されるのだ。

新田 明臣選手のファイトスタイルってどんなものだろう?

これはもちろん毎回同じものではなく、常に変化するものであり、キャリア10年を超える新田選手自身が現在も追い求めているものだ。

人間の性格が10人いたら10人とも違うように、ファイトスタイルもみな異なる。

そしてそのファイトスタイルは、その人のキャラクターを色濃く反映している、とってもいい過ぎではないだろう。


新田選手は基本的に人間が好きである。人との出会いをとても大切にし、相手のキャラクターを受け入れ、そこで受けた刺激を常に自分のものにしようとするタイプの人。

とても人懐っこく、人をかわいがり、また人にかわいがられるキャラクター。

多少のミスや失敗も「まあ、新田さんだから。」で許されてしまう。

周りはいつのまにか新田ワールドに染められているのだ!


ファイトスタイルも、またしかり。

「相手に指一本触れさせずに一方的に殴り倒す」「一撃でカウンターとって衝撃KO」

といったタイプではなく、

相手に出させるだけ出させておいて、フィジカルの強さを生かして全身で受け止める。

そしていつのまにか、ズブズブと『新田ペース』にもちこみ、気がついたら相手はダメージが蓄積して弱っている。


新田選手らしさ、とはいまも本人が探求していることであり、他人の私が定義するのもではない。

ただ、いつも身近に接していて感じる「新田選手らしさ」が、無理なく自然に試合で表現できたとしたら、勝ちも後から追っかけてくるような気がする!という話は周りの仲間と話しているのもまた事実なのだ

新田選手はあるとき、地下鉄でこんなことを言っていた。

「僕は、とにかくむちゃくちゃ強くて、全戦全勝っていうタイプではないと思います。勝ったり負けたり、失敗したり転んだりしながら、『あいつよくやってんな〜』っていう形で見てる人に何か感じてもらうタイプなんじゃないかって思うんです。」

試合で新田さんが負けるのを見るのはツラい。

でもそこから這い上がるべく、自分を信じて努力する様を間近で見られるのは本当に幸せだ。


新田軍団といわれる赤いメガホンをもった熱狂的なファンたちも、新田選手が勝つところが見たいには違いない。でも勝っているから新田選手を応援しているわけではないと思う。

強さと弱さを行ったり来たりする大きすぎるふり幅。

大負けし、失敗したかっこ悪い姿。

でも何度でも復活を遂げ、かならず甦る魂。

暗く長いトンネルを抜けたときの光のまぶしさ。

それらに自分を重ねてみるのだろう。

「新田は、オレに似ている。だから応援する。」ある応援団の言葉にすべてがある気がした。

ホール南の最上段。熱狂的な歓声が扉の向こうから聞こえてくる。

「よっしゃーいくぞー!」っと普通ならなるのだが、入場曲かかっているのに新田選手がいない!?どこどこ??

「試合です!試合!もう入場曲始まってるって!」ヒロトさんがでっかい声で叫ぶが歓声と入場曲で消されてしまう。

もりあがる観客席を見ていた新田さんを、ヒロトさんが急いで連れてくる。

入場して、選手の紹介。相手選手は、なんか不気味な感じ。普段ロシア人とあんまり接点が無いからかもしれないが、アメリカ人にある「陽気なわかりやすさ」はない。

試合開始早々、相手選手のパンチがうなる。新田選手はガードのうえから相手を見据える。

だがパンチは予想以上に強く、鉄壁のガードをなんども揺さぶる。

「大丈夫、見えてる、見えてる!」

「とにかく弱気にならないように試合中ポジティブなことをいってください!」というのが今回、新田さんからもらった私のミッション。

試合中、一生懸命ガードしてるのに「ガードしっかり!」とセコンドにいわれると、弱気なときの選手は「今のガードじゃだめなんだ!」と受け取ってしまうことがある。

でも「見えてるよ!」なら今のガードを肯定しつつ、ガードをする目的が見えてくる。次に何をすべきかを考えられる。

これはすべて試合中に私の師から学んだ。

たとえば相手の右ローが強い場合、普通のセコンドは「右ローカットしろ」、と命令をだす。いきなり答えを与えてしまうのだ。

でもうちの師は違った。

「相手必ず右ローからつなげてくるから。あとなにやればいいかわかるよね?」と試合中に謎解きのヒントくれる。


右ローに対して動いてはずしたり、カウンターとったり、構えをスイッチしたり、前蹴り主体に組み立てたりと自分なりの対策を立てたら、師はかならず、「それでいいっ!」とそこを評価してくれた。

とにかく気がつかせてくれる創造的なセコンドで、試合中に謎解きしながら不安に対処できた自分を感じたことが何度もある。その声のおかげで勝たせてもらった試合も何度もあった。

師は、安心感と気づきを言葉にのせてくれたのだ。

今回コーナーにいる私は、もし師ならこういうだろうな、ということを自分の言葉で伝えるように心がけた。

新田選手は、1ラウンドの後半で、徐々に相手のパンチをガードしつつローキックで前足を効かせ始める。

威力やパワーはもちろんだがもっとも凄いのはタイミングだ。ここだ、というタイミングでローキックが自然にヒット。これでロシア人の歯車は少しずつ狂い始めていく。

2ラウンド、ローキックを嫌がって下がる場面で、TEAMの半澤さんが鋭くハッキリした口調で「ハイ!」という言葉を発した瞬間、新田選手の右ハイキックがロシア人選手を襲った!

絶妙なタイミングでの大技。半澤さんと新田選手と絆の深さを知るに十分な瞬間であった。

ときおりロシア人はパンチ連打を返してくるものの、新田選手はローキックを前足を中心に叩き込み、組み付いては膝蹴りを見舞い続けた。文句なしの判定勝ち。快勝だった。

今の自分に絶対に満足しない徹底したハングリー精神と、たとえ何があろうとどこまでも強さを追求する不屈の精神。

言葉にすれば簡単だが、それらをリングで体現している人間の凄さ。

セミは鳴いていないけれど、後楽園ホールには人間が命を燃焼している音が鳴り響いていた。

2006年、7月25日。

彼らのパワーに誘われて、東京に「夏」がやってきた。

:格闘クリニック Dr.F
写真:YOSHIMOTO氏

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