グレイシャア亜紀選手、2度の骨折からの復帰戦 2007.3.31
文:格闘クリニックDr.F 写真:ナツ 4.30 グレイシャア亜紀 無料ジョイント格闘技セミナー決定。
終わりました。
ほっとしました。
グレイシャア亜紀選手の復帰戦。
結果は見事判定勝利。
グレイシャア亜紀選手と最初にあったのは、2005年の格クリのお祭りのときでした。
日本を代表するトップクラスのファイターたちに、がんがんスパーを挑んでいったグレちゃん。
しかし、ある超強豪ファイターのミドルキックに撃沈。
腕を骨折してしまいました。
それが縁で、練習やリハビリを共にするようになり2006には「グレイシャア亜紀最強プロジェクト」も始動。
タイトル戦を制して見事チャンピオンになったのです。
ダイエット目的で始めたキックボクシングで強くなる喜びを見いだし、チャンスを掴んで、はじめてのタイトルを手にし波にのったグレイシャア亜紀選手。
所属の渋谷ジムでの成田会長との練習も加速し、格クリのトレーニングやプロジェクト練習も順調にきていた2006年末、再び悪夢が彼女を襲います。
あの須藤元気選手も引退試合一週間前に参戦した、一部で半ば伝説となりつつある国内最高レベルのスパーリング大会「冬祭り2006」でまたもや同じ部位を受傷。
レントゲンの結果、見事に骨折線が横切っていました・・・。
しかし、しかし。
私がグレイシャア亜紀選手の本当の凄さを見たのはここからでした!
「せんせ―、また腕折れちゃったんで、またメチャクチャ強くなれちゃいます!」
強がりでも、カラ元気でもなんでもなく、屈託のないあの笑顔でそう言っていました。
「前向きにもほどがある」くらいですが、
彼女の力みの無さからそれが自然な気持ちであることが伝わりました。
それから、プロジェクトは「怪我を抱えた状態でいかに強くなるか」に向かって進み始めました。
身体をぶつけ合う究極のコンタクト競技、格闘技に怪我はつきものです。
でも、怪我をしたときにどうしたらよいのか。怪我の状態に合わせて、何をやってよくて何をやったらいけないのか。
この問題は常に怪我をしたファイターにつきまといます。
病院に行けば、治るまでは大人しくしていなさいと言われるし、ジムや道場にいけば、怪我を抱えてしまって満足にメニューをこなせず、ツラい思いをしてしまう。
最悪の場合、「こんなのは怪我じゃない!」とばかりに無理しちゃって悪化することも珍しくありません。
すべては、「怪我をしたときに格闘家はどんなトレーニングをすべきか」という部分が、
各自の経験則のみに頼ってしまっていて医学的&格闘技的にしっかりしたものが確立されていないことが原因のひとつでした。
グレイシャア亜紀選手は、このテーマにも正面から果敢に挑みました。
ふつう、格闘家の怪我や故障は「隠すもの」であり、ましてやリハビリやトレーニングの様子は秘密にするのが通例でした。
しかし、グレイシャア亜紀選手は、それを格闘クリニックサイト上であえて情報公開。
「怪我しても強くなれることを証明し、怪我に悩む格闘家たちの役に立てたら」と積極的にリハビリやトレーニングの様子を公表していったのでした。
女子格闘家の中でも、トップクラスの人気と実力を持つ選手なのですが、
さらに自分でそれを引き上げる作戦に打って出たのです。
対戦相手から研究されるリスクをはるか超える強さを身につけること。
それが、彼女が自分で自分に課した「世界と戦って勝つための高いハードル」だったというわけです。
それは同時に、格闘技ドクターとしての私の挑戦でもありました。
「怪我をした人を治療する。」これは世界中どこの病院でもやっていること。
私に与えられた使命は、「怪我の治療はもちろん、怪我をする前より強くなってもらうこと。」
医学的な正当性はもちろん、それにプラスして従来の「リハビリ」や「トレーニング」の枠にとらわれない、新しいアプローチも取り入れてのプロジェクトとなりました。
まず、受傷部位の徹底的な治療。
骨折のいちばんの治療はやはり受傷部位を固定することです。固定が上手くいかないと、骨折面がズレてしまい、癒合に失敗してしまうリスクがあります。
グレイシャア亜紀選手には、一定期間しっかりと固定してもらいました。
ただ、選手の気持ちとしてこの固定期間がいちばんツラい時期。
いままで出来ていた練習がほとんど出来なくなってしまう。そこで、固定期間の前半は、「下半身の強化、体幹の安定、蹴り技の多様化」をテーマとして取り組みました。
骨折から僅か10日後に、新田選手とのローキックだけのスパーも経験。
ふつうの治療なら有り得ない出来事ですが、固定を完全にし、しっかり守るべきポイントを守り、力加減とスパーの意味をわかっている優れた相手となら限定スパーも成立してしまうのです。
ローキックのスペシャリスト・新田選手とのスパーでもグレイシャア亜紀選手は様々な刺激を受けたようでした。
なかでも、ローキックにおける「タイミング」や「バランス」を意識した様子でした。
「やっぱり凄い!新田さん凄い!いっしょに練習できて嬉しいです!」
腕を取り巻く包帯を撫でながら、そう語っていました。
続く固定期の後半は、骨癒合も良好であったため、心肺機能強化にも徹底的に取り組みました。
ダッシュやジャンプを組み込んだサーキット形式の基礎体力トレーニングに、技術系のメニューを取り込んだものでした。
サーキットは、心肺機能と筋持久力を高めるのに非常に優れた方法なのですが、メニューによっては「トレーニングのためのトレーニング」になりがちです。
腹筋、背筋、スクワットといったメニューが実際の格闘技の場面でどう生かされるのか、そこまでイメージできていないと、単なる「汗かき運動」で終わってしまうことも。
そうならないためにも、ファイターのトレーニングはどこか必ず試合とリンクした内容であるべきと私は考えています。
グレイシャア亜紀選手の場合は、基礎体力系と技術系をブレンドしたメニュー。それを数値化することにも取り組みました。
彼女のサーキットは、とにかく明るい!
映像を見ていただけたら一目瞭然なのですが、一世代前の格闘技にありがちな悲壮感や暗さが一切無く、
「わぁ〜!」「ぎゃあぁ〜!」と声を出しつつ、明るく真剣にトレーニングを遂行していくのです!!
「強くなるって楽しいこと」
格闘技を始めた頃のぐんぐん伸びていく「あの感じ」、
新しい世界に飛び込んだときの「ワクワク感」をいつも忘れず、
それを練習の段階から全身で表現するところが、彼女のいちばんの素晴らしさではないでしょうか。
だから、観戦しているひとに「格闘技の怖さ」ではなく「格闘技の楽しさ」が伝わっていく。
「もしかしたら、わたしにも格闘技できるかもしれない。」
そんな気分にさせてくれる稀有な格闘家なのです。
ステージで楽しそうに歌い踊る、ミュージシャンに良く似ているかもしれません。
グレイシャア亜紀選手のファイターとしての特徴はそれだけではありません。
試合やスパーリングで、ボコボコにやられることで成長していくファイターなのです。
多くの選手が、何か技をもらうと、「いかにもらわないか」「もらっても大丈夫なディフェンスをするか」という視点から解決に取り組む傾向にあります。
しかし、グレ選手は根本的に違います。
自分が喰らった技、倒された技、効かされた技があったら、すぐその場で相手の選手に
「おす!いまのどうやって蹴るんですか?」って教えを乞い、自分に取り込もうとするのです。
そしてその技を自分流に解釈し、対策を立てながら強くなっていくスタイルです。
常に謙虚に吸収しようという姿勢ですから、相手の選手も思わず秘訣を教えてしまう。
そしてお互いが高めあう。
そんな光景を今まで何度も目にしています。
さて、話はリハビリ&トレーニングに戻ります。
ようやく、腕の固定も終わり、格闘技リハビリはいよいよ受傷部位の訓練に突入しました。
タオルをつかったバッティング練習や、壁や床を利用したアイソメトリックによる筋力強化、そして実戦的な外力に対する神経の再教育、そして脳・神経系のトレーニングまで。
最初はパンチはおろか、膝立ちによる腕立て伏せも出来ない状態でしたが、本人の日々の自主トレや周囲のサポートのかいがあって劇的に回復していきました。
やはりトップクラスの格闘家の回復力は圧倒的。
スポーツドクターとしていつも感じることです。
この頃にはジムでの練習もばっちりとの話も聞こえてくるようになり、怪我に対する不安は日々薄れていったようでした。
トップファイターとの新たな出会い、そして合同トレーニングもスタート。
様々な山を乗り越え、谷を味わって3/31の復帰戦を迎えたのでした。
試合は、もともと得意としていたパンチ&ローキックのスタイルと、新たに獲得しつつあるバリエーション豊富な蹴り技が交互に顔を出す展開でした。
手堅くいって勝つことのみに執着するより、実験や冒険心を忘れないことがテーマだったこともあり、「完勝」というわけではなく、
混ざりきってないお好み焼きみたいな部分もみられたのは事実ですが、
成果と課題が共にはっきりした貴重な経験ができた試合だったのではないでしょうか。
意識の高いグレイシャア亜紀選手のこと、
きっとこれからもたくさんの人たちを巻き込みながら、もっともっと「グレ」―ドアップしていくはずです。
女子格闘技の未来を、どうぞお楽しみに。
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グレイシャア亜紀8プロジェクトサイト