バリアフリー格闘技
障害者〜格闘技選手〜医療者でつくる、格闘技の新しい形

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2010.3.13、格闘技医学の発信地NEW POWER STUDIOにて、格闘技の新たな一歩がスタートしました。格闘技選手と、障害者と、医療者。この3つの群が集まりつくりあげた「バリアフリー格闘技」とは一体何か?Dr.Fにじっくり聞いてみました。

 

ドクター、今回のバリアフリー格闘技のイベントが開催されたということですが、これはどういうコンセプトだったのでしょうか?

F)そうですね、バリアフリー格闘技は、障害があっても強くなりたいと願う皆さんを中心に、格闘技選手や実践者、そして格闘技をやっている医療の専門家、ドクターや理学療法士、作業療法士、運動指導士などの有資格者の3つの属性の皆さんが集まって障害者が安心してできる格闘技や武道の方法を探してみようというのがコンセプトでした。ただ単に集まって練習するというスタンスではなく、そこから得られる情報や成果を蓄積して、格闘技や武道が今よりもさらに多くの皆さんに開かれたものにしていく、そのきっかけですね。

 

なるほど、このイベントが開催されるに至った背景とは何ですか?

そうですね、まず障害があっても強くなりたい、負けたくない、という皆さんが現実にいらっしゃるということ。これが原点になります。「障害者に格闘技?本当に大丈夫なの?」こういうことをやろうとすると、必ずこのような声があがります。格闘技というだけでも、まだまだ世間のイメージは「野蛮だ、危険だ」というものですが(苦笑)、そこに障害を抱えた人が格闘技をやるというのは一般の人からしたら、それこそとんでもないことをやっているように思われるでしょうね。

 

たしかに、そうかもしれませんね。

 

しかし、障害を抱えている皆さんだって、格闘技の試合見て、「俺も強くなりたい」、武道家の凛とした佇まいを見て、「私もあんな風になりたい」と思う気持ちはあっていいと思うんです。その気持ちまでは、否定されるものではないと思うのです。「障害があるんだから、比較的安全な種目を選びなさい」というのと、「やりたいことの安全性を追求して高めていきましょう」というのは、向いているベクトルが違うと思ったんですね。

安全性の追求は必須ですね。今回、格闘技選手のみならず、医療者の方も参加したというのはその安全性の追求を具体化する試みなのでしょうか?

そうですね。格闘技選手や、実践者は、強くなりたい障害者の強くなりたい気持ちに共感できる存在だと思うんです。別にパンチやキックや寝技が強くなくても現代社会は生きていけるのに、なぜかそっちに向かってしまう。ときに健康を害してしまうリスクにも踏みこんでいる。真剣に強さを求める皆さんですから、障害を抱えながらも強くなりたいというマインドを理解できるはずなんです。では、実際に障害がある人と一緒に練習しましょう、稽古しましょう、トレーニングしましょう、となった時にどのようにやったらいいかとなったときに、具体的にどうしたらいいか、逆に何をやったらいけないか、については、たしかに難しい壁が存在すると思います。

障害があっても強くなりたい人にとって、格闘技選手はある意味、強く生きている人間の象徴的存在です。彼らの動きや技は、もっと身体を動かそう、できないことでもチャレンジしてみよう、というモチベーションのもとです。では、同じようにできるかっていったら、これは絶対にできない。

 

絶対にできない!いい切っちゃいますか!

 

はい、正確に言うと、絶対に同じようにはできません。障害がある時点で、何かが違うのですから、そこを無視することはできないんです。

たとえば、健常者ならローキックは練習すればある程度だれでも出来ますよね?

 

はい、フォームはそれぞれでしょうが、できると思います。

なんともなければできます。でも膝の靭帯切ったらまずできません。完全に切っちゃったら立位もままならない。こうなったら、できなくなっちゃうんです。切った靭帯を修復して、筋力や可動域をじっくり戻して、元のローキックに近い威力を出すことはできる。でも、残酷な話ですけど、同じではないんです。ここで、発想を変えなきゃいけないんです。靭帯を切るほどの怪我をしたということは、普段から靭帯に無理な負荷がかかるフォームだった可能性はないか?ここを勇気を持って直視していくと、より負担のかかりにくいフォームを探す方向に思考がいきます。そうやってつくったローキックは、怪我する前と同じものではないんです。

 

壊れたものを元に戻すのではなく、二度と壊れないように身体や技を見直すということですね。

 

そうなんです。健常の選手でも怪我をしたら怪我をした事実を踏まえて、何かを変えていかなければまた同じ怪我をする。実は、この過程と障害者の格闘技には非常に共通性があるんです。

 

共通性ですか?

 

今回、脳性麻痺のあって格闘技経験がある方が数名参加してくださったのですが、健常者の動きをお手本にしてしまい、それが実現できないところでつまずいてしまっていたんです。障害のせいで、立ち方、歩き方自体がすでに違うのに、健常者のそれを真似しようとしても絶対にどこかに歪が来ますし、身体を痛めてしまうかもしれません。

 

健常者のようにやろうとしてできないのはかえって辛いですね。

 

そうなんです。健常者の真似をしようとしたとたん、そのようにできないわけですから、「やっぱり私にはできないんだ」という風になってしまう・・・。障害がなければあんなにカッコよく蹴れるのに、障害がなければもっとスムーズに動けるのに、と思わせてしまうのは悲しいじゃないですか。

 

確かに。それでは、結果的には強くなりたい気持ちに水を差してしまっていることにもなりかねませんね。

 

そこで健常者と格闘技選手を有機的につなぐ存在として、格闘技をやっている医療者が必要になってくると思います。今回協力してくれた格闘技医学会の理学療法士の皆さんはカラテや総合格闘技の実践者ですし、同じく医学会の樋口さんは国立障害者リハビリセンターで障害者の運動指導士であり、夜はカラテ道場の指導員もされています。医療者は、障害を抱える皆さんや、病気や怪我と戦う皆さんに日常的に接しているプロですから、障害があるけれども蹴りの動作、パンチの動作、寝技の動作を遂行したい、というときに医学的な立場からヒントを与えることができるんです。



これを積み上げていくと、「障害者が何とか健常者に近づこうとしている格闘技」ではなく、「障害があってもできる格闘技」がその人の中で形になっていくのではないかと思うわけです。先ほど述べた共通性とは、今ある状態を受容しつつクリエイトしていく部分のことで、これは健常だろうが、障害があろうが、共通ではないかと。

 

それは興味深いですね。今回のイベントで、具体的に「障害があってもできる格闘技」は見えたのですか?

 

はい、すべてではないですが、今後につながるであろう素晴らしい発見がいくつかありました!脳性麻痺がありながらも、寝技や総合の大会に果敢に挑戦を続けている中島史郎さんと寝技のスパーリングをやったときのことです。自分が上になり、中島さんが下になった状態で、下から首に手をかけられてグッと引き込まれたのですが、この一瞬のパワーというか、勢いがとんでもないくらい強力なんです!!!瞬間的に持っていかれる感じが、体験したことのない引き込まれ方をするわけですね。


おお、それは凄いですね。

凄すぎですよ!!!僕、結構いろんなプロ選手とか、チャンピオンクラスの方と寝技スパーをやらせていただく機会があるんです。パンクラスの王者の金井選手や元DEEP王者の長谷川秀彦選手とも遊んでいただくんですが・・・、こんなに一瞬で引き込まれたの、生まれて初めてですよ!!!ただ引き込まれただけで、「こえー」って思いました。

タイプにもよりますが、脳性麻痺の患者さんは筋肉の緊張が高いんですね。何かをしようとしたときに、必要以上に筋緊張が高まることがある。これが、こと格闘技においては、マイナス面ばかりじゃなかったということなんです!正直なところ、筋緊張をどうやったら軽減できるか、僕自身イベントの前はそういうことばかり考えて準備していたところがあるのですが、中島さんの一撃でもう完全に固定概念破壊されましたね!!!



それは貴重な体験ですね。

そう思います。脳性麻痺の方に寝技で苦しめられた経験を持つ医師ってほとんどいないんじゃないでしょうか(笑)しかも、筋緊張の高さが持続するから、一度ロックされたら逃げられないんです。はっきりいって強いですよ。

 

他にはどんな経験をされましたか?

これも脳性麻痺の男性なんですが、この選手はみなさんと打撃のスパーをやったんですが、これがまたインローが効くんです。鋭いし、痛いし、角度なんかもエグイんです(苦笑)

四肢の自由が制限されているわけですから、蹴り技のバリエーションははっきりいって少ないです。彼も、蹴りに関してはインローと膝蹴りしかできない。しかしながら、その限定された武器を見事に使いこなす、その能力が凄いんです。

選択肢が少ない分、使いこなせると。

はい、これは現役の選手に大いに参考にして欲しい部分なんですが、試合において何でもできる選手より、あまりいろいろできない選手が勝ってしまうことがよくあるんです。何でもできる選手は、器用貧乏に陥りがちで、全部の技ができるけど、どんな相手にも、どんなシチュエーションでも確実に決められる技というのは持っていないことが多い。対して、あまりバリエーションは無いけど、すべてそれで対応できる選手がいる。実は、400戦無敗といわれ、今の総合格闘技の源流をつくった柔術家、ヒクソン・グレイシーなども、何でもありのルールで試合しても最終的には腕の関節を極めるか、首を極めるパターンなんですけど、どんな状況でもそれに落とし込むスキルが非常に高かったんですね。

インローと膝しか蹴れない彼も、ある間合いになった途端、必ず鋭いインローを確実に蹴ってくるんです。これも忘れられない蹴りとして身体に完全に記憶されました。

 

障害者の方のスタイルと、ヒクソン・グレイシー、意外なところで共通点があったわけですね。

 

そうなんですよ。障害者の方から、健常者も医療者も学ぶことが山ほどあるんです。選手はもちろんですけど、指導的立場の皆さんは、特に得るものや考えるところがたくさんあるのではないでしょうか?一生懸命やっている姿は、確かに感動的で素晴らしいのですが、それだけで終わってしまうにはもったいない。強くなる方法としても、学ぶことやヒントが満載であることに実際にやってみて改めて気がつきました。

 

障害がある方で、脳性麻痺以外の参加者はいらっしゃったのですか?

はい、今回は、KFCという障害者格闘技サークルと共同開催させていただいたのですが、KFCの代表をされている太田さんという方は、キックボクシングを修業されています。ある時期から網膜色素変性症という眼の網膜の異常が出現するようになりました。この病気は進行性で、視野が狭くなったり、視力が落ちたりします。太田さんは、その状況でもキックを練習し、ときに試合にも出ていらっしゃいます。

 

視野が障害されるというのは、格闘技においてかなりのハンディではないですか?

おっしゃる通りです。キックルールで視野が制限された状態だと、相手の一部しか見えませんから、いわゆる死角だらけになってしまいます。進行性ですから、今後のリハビリや治療で視機能自体の低下にどのくらい歯止めがかかるのかはわかりませんが、取り急ぎ、彼の目の前の問題として、より安全に戦うためにはどうすべきかについて、参加者全員で一緒に考えました。

まず彼の視野の範囲をその場でチェックしたところ、大体10センチ程度の幅しか見えないことがわかりました。そこで両手でわざと見えるエリアを遮断し、対人で動いて気がついたことを挙げていく作業を行いました。

 

 

その結果、「自分の足が止まっているときは死角ができやすい」、「相手の攻撃をもらう距離に入るときは、攻撃しながら入るのではなく受けて返すようにしたほうがよい」「前後、左右の動きに加えて股関節を中心に上下の動きを加えたほうが相手をとらえやすいのでは」などなど、格闘技選手からは動作面・戦術面において非常に有意義な意見が続出しました。また、医療者からも、「眼だけで追うのではなく、頚部、体幹、骨盤、下肢など身体全体を連動させて動いたほうがスタミナのロスも少なくスピードが速くなる」「視点を固定するより常に動かしたほうが情報入力しやすい」「ガードの位置を視界と視界外の境界に持ってきたほうが安全性が高いかも知れない」といったアイディアも出されました。

 

それは面白そうですね。今後の練習のヒントになったのではないですか?

 

そうですね。太田選手自身、いろいろな解決策があるかもしれないと気付いたようで、モチベーションが上がったと話していました!

彼は、大阪在住なのですが、この日もわざわざ新幹線でやってきて、汗を流すような情熱家です。普段も、障害と闘いながら、全国のハンディーのある格闘技実践者をつないだり、情報提供したり、と精力的に活動しています。彼の熱意がなければ、バリアフリー格闘技の流れは無かったといっていいかも知れません。ちなみに、彼が今、蓄積しているノウハウというのは、健常の選手にも十分に役立つんです。健常の選手だって、試合中に眼を殴られる、蹴られる、ということがあるかも知れない。実戦の場で、一発食らうかもしれない。そうなったとき、彼のノウハウは絶対に生きてくるはずなんです。

なるほど〜。障害者の方の経験は、健常者にも生きる可能性があるということですね。しかし、大阪から、凄い情熱ですね。今回、イベントには、格闘技界のスター選手やビッグネームも参加されたようですが、いかがでしたか?

K−1でも大活躍されたキック界の英雄、新田明臣代表(バンゲリングベイ代表)と一番弟子の寒川直喜選手は、ミットを持ってくださったり、スパーに交じってくださったりと、場の雰囲気を盛り上げてくださいました。新田代表は、とても優しくオープンな人柄なので、障害あるなしの垣根なく接している姿がとても印象的でした。新田代表のジムにも全盲の方がいらっしゃいますし、障害者の方達と一緒にマラソンを走ったりと非常に社会的意識の高い方なので。「格闘技」=「怖い」という偏見をなくしたい、とおっしゃっていました。寒川選手は、キック、カラテ、総合、そしてほぼ素手に近い状態で殴りあい頭突きも許されるミャンマー・ラウェイ(ムエカッチューアとも呼ばれる)と、戦いと名のつくものなら身体で試してみたい勇気の塊のような選手なので、すべて相手に合わせてスパーリングをされていたのが印象的でした。本当の意味での、トータルファイターだなと感心した次第です。他にも、女子キック王者のグレイシャア亜紀選手や、元キックミドル級王者の山内哲也選手、他にもカラテの選手など、強くて優しい皆さんが駆けつけてくださいました。山内選手は、太田選手に首相撲のテクニックを直伝してくださっていて、その間は完全に「二人の世界」でしたが(笑)



かなり豪華なメンバーですね。

みなさん格闘技を通じて人の役に立ちたいという思いが感じられて嬉しかったです。今回、僕が普段病院でフォローさせていただいている脳性麻痺の女性も来てくださったんですが、彼女は格闘技大好きだけど、一度もやったことがなかったんです。でも、いつかやりたい、やってみたいから、先生、何か自主トレのメニューください、と外来のとき話していて、この日のために身体つくりと運動用のリハビリメニューを続けていたんです。

その女性と新田代表、グレイシャア選手と僕で、ユニットを組んで格闘技動作をやったんですが非常に興味深いことが起きました。最初、膝蹴りを蹴ろうとして右膝を挙げると、どうしてもバランスを崩してしまい上手く蹴れないんです。そこで歩行動作から、格闘技動作を取り出す、いうの試みたんです。彼女の数メートル前にミットを構えて、ミットに向かって彼女なりの歩行をしてもらい、その途中でグレイシャア選手がタイミング良く左足にブレーキをかける。その瞬間、右足が前に放り出されるので、膝関節を曲げてもらったら、「バシーン!」と強烈な膝蹴りに変わったんです!!!この瞬間、スタジオ内は割れんばかりの拍手でした。普通とは違う歩行、普通とは違う蹴りですが、それは完全に「彼女の膝蹴り」でした。

 

凄いですね!初めてでも蹴れたんですね。

蹴れました。あの一発の膝蹴りをみて、バリアフリー格闘技、開催して良かったなと思いました。開催前の心配事や不安も吹っ飛んだ気がします!意識を統一して、お互い気を配りながら練習することで1例の怪我もなかったですし、翌日のシビアな筋肉痛も無かったでした。

それでは、最後にバリアフリー格闘技の今後についてお知らせください。

最終ゴールは、障害があっても無くても、一緒に強くなれる環境作りだと考えています。受け入れる道場やジムにもある程度のノウハウやガイドラインがあれば、今まで以上に受け入れが進むと思いますし、障害がある方も、自分で自己管理しながら安全な範囲で格闘技や武道を楽しめるようになるのが理想です。ただ、現実的にはそこまで一足飛びにはいけないのも事実です。何よりも、情報やノウハウ、データなどが少なすぎますから、格闘技医学会でも、これらを蓄積・整理して公開するところからスタートしたいと思います。実際、今回は、ほんの第一歩に過ぎませんし、実際、まだまだわからないことだらけなんです。障害の中でも、何とか格闘技できる程度と、リスクのほうが大きすぎて無理な程度もある。その際、可、不可をどうやって決めていくのか。本人がやりたいといっても、どうみても危険な場合もあるでしょう。その辺の線引きといった新しい問題もこれから出てくると思います。それらのことも含めて、安全に最大限に配慮しながらやってみる、実情を調査し、記録していく、後に続く皆さんに有意義なケーススタディーを公開するというところから始めたいと思います。


このイベントは誰でも参加できるのですか?今後の開催は?

はい、もちろんです。イベント自体も、バリアフリーですから障害者の格闘技に理解のある方ら参加は可能です。今後ですが、3か月に1度くらいペースでオープンイベントとして開催しながら、mixiかくくりコミュニティーhttp://mixi.jp/view_bbs.pl?id=50784815&comm_id=187416のほうで情報やノウハウを公開していきます。主に、格闘技医学会の障害班が中心になって進んでいくと思います。

ー今後の発展に期待ですね!今日はありがとうございました。

こちらこそありがとうございました。押忍。