味祭 バックステージレポート Dr.F

その日は朝から雨だった。

プロデューサー」、といえば聞こえはいいが、主催である味の素と格闘家の間で様々な調整をし、材料買出しから広告作り、教室の司会まで準備と雑用に追われまくった味の素社員、西山 誠人の眼に、この雨は何色にみえたのだろう?

朝10時30を回った頃、味祭格闘技スタッフは続々と味の素スタジアムに集結した。

パスを受けとり、少しひんやりしたスタジアムのバックステージに入る。

そこにはいつも殴りあい、蹴りあいで見慣れた顔に加えて、ファイターの奥さんやお子さんなどファミリーの顔もあった。

練習では見せることのないやさしい顔を見せるファイターたち。

子供たちはそのすき間をぬって走り回る。

控え室でみんなで食事。

緊張感と期待感をお茶で流しながらたくさんの糖分とたんぱく質を補給する。

いまから始まるビッグイベントを戦い抜くために、黙々と弁当と真剣勝負。

そんな控え室に、緊張をほぐすためか、単に電車を間違っただけなのか、

約2名ほど格闘家タイム(通常の待ち合わせ時間にプラス1時間を足す必殺技)で重役出勤。

おかげで場は和み、空気は和らいだ。ふざけた会話と写真が飛び交う。


「きっと遅れてくる選手がいるから1時間早めに待ち合わせ時間をアナウンスしよう。」

格闘家の生態を知り尽くした西山と私の作戦はこの時点ですでにパーフェクトだった。

食後、最後のリハーサル。

みんなキックパンツやカラテ着に着替えての本格的なリハを敢行。

シャレでバットを一本折ってみたら、バットの重たい部分が支えてくれているヒロトさんに「ゴチン」とあたった!

リハーサルなのに痛みは本物。こういうのを「本番さながら」って言うのかな?

アヤトもリハーサルの試割りで何枚も板を割っていた。

子供のころ、食事前に台所にいった揚がりたての天婦羅をよくつまみ食いしたが、なぜかつまみ食いってとってもおいしい。

本番前のアヤトの無邪気な顔は完全に子供のそれだった。

いよいよ本番前。

司会の女性も挨拶に(偵察に)来てくれた。

みんなでステージ横のテントに移動。

ステージでは戦隊もののショウが繰り広げられ、子供たちが狂喜しながらステージを楽しんでいる!

「あの子達の前で格闘技が見せれる!」そう確信したファイターたち。

控えテント内でのアップにも自然と熱がはいる。

ひとり、小隊長が、携帯で戦隊ショーを一生懸命撮影している。

「いちばんでっかいやつが童心にかえってどうする!?」

そんなつっこみもBGMに消えていく・・・。

いよいよ戦隊のステージも終わりわれわれの出番が近づく。

そ、そこでハプニング発生!

あんなにいた子供たちがすっかりいなくなってる。戦隊ヒーローとの撮影会が別の場所でスタートし、一気に観客を持っていかれたのだった。

「いま、呼びかけてステージ前にお客さん増やしますから!」司会の女性の細やかな心遣いに胸を打たれながらも少しトーンダウンしてしまうテント内。

試合なら、最初から少なからず格闘技に興味がある客層だが、祭りは違う。

「興味がない人の足をいかに止めるか。」

これがテーマとして課せられるのだ。

格闘技部隊は雨が降る中、戦隊ヒーローの後に観客を集めることができるのか?

漫才ブームのとき、誰もツービートやB&Bのあとでネタをやりたがらなかったという伝説を聞いたことがあるが、その気持ちがほんの少しだけわかりかけた。

しかし、テントの中が本当に盛り上がりだしたのはここからだった!

ゼロ、いやマイナスからの出発。それこそ、いつもファイターたちが経験していることだった。客が少なかろうが多かろうが、コンディションが良かろうが悪かろうがベストを尽くすのがファイターの仕事。このシチュエーション、めずらしいことではない。

「絶対盛り上げて、一人でも多くの人にみてもらおー!」

亜熱帯男、小宮選手がそう叫んだ。みんなもおんなじ意識だった。

DJ KEBIのREMIXしたFUNKYなサウンドがスタジアムに響き渡る。いよいよパーティータイムの始まり、始まり!

トップバッターは、グレちゃん&マナちゃんのキックVSカラテスパー。

グレちゃんのパンチ&ローとマナちゃん左ハイが交錯する。

女の子同士のけんかなら。大抵見苦しいつかみ合いが展開されるが、高度で華麗な技術で格闘技を「魅せる」ふたり。すべるステージで必死の2分間。いつのまにやら人も増え始めた!オープニング女性作戦はパーフェクトだった。

続いて山田元チャンプVS小宮1位のキックボクシング。

山田さんは5年のブランクがある元王者だが動きは全く衰えていない。いろんな選手の動きを見るけれど、彼以上のスピードを持った選手はそういないと思う。

そして誰よりもハングリーで熱い男、小宮由紀博選手は試合前1週間なのに余裕の参加。大先輩に「スピードで」挑む。技術の高さと動きの中で盛り上がりをつくるペース配分。

ベテランと若手トップ2人が生み出すせめぎ合いに、世代を超えた芸術をみた。

続いてカラテ演武。私ここでバットに挑戦。妻から、華麗なハイキックはアヤトさんに任せて、地味にローキックで行きなさい、ローキックで、と指令が出ていたため(笑)、腰を落としてローキックでふり抜いた。

もし足が折れたらその場で「格闘技ドクターによるスポーツ外傷の応急処置講座」やるしかないと覚悟を決めていたが、何とかやらずにすんでヨカッタ。今年でいちばんホッとした瞬間だった。

そしてパワフル兄ちゃん、われらが小隊長登場。巨大なブロックに正拳突き一撃!
「ズドンっ」とものすごい音を立ててブロックが二つに分かれた。「ウォーッ」観客からどよめきの声があがる。目の前で見る空手の演武に、子供たちの目は釘付けになっていた。

カラテ演武最後は、蹴師こと北島 文人選手の四方割り。
床が雨にぬれてすべりまくる中、おそろしく切れ味の鋭い蹴りが走る。頭のはるか上に大きな弧が描かれる。
蹴りを極めるとこんなに美しいんだ。観客の拍手は、北島選手とカラテの華麗さに贈られた気がした。

そしていよいよメインイベント。

味の素が誇る世界王者、西山 誠人に挑戦状を叩きつけたのは、MAXファイナリストの新田明臣選手だった。
明るいサンバのリズムに、始まったときの5倍以上いる観客が手拍子。子供たちもステージ前で走り回っている。

山田レフリーがこの試合を裁いた。

バッチンバッチン音を立ててロー、ミドル、ハイがお互いの身体を襲う。

「楽しいお祭りのイベントですよ、主旨分ってますよね?」と思わず言いたくなるほどのガチスパー。

でも観客は楽しんでいる。この人たち戦うの心の底から好きなんだ〜。っていう目で見ているようだった。

参加した選手も観客席に混じって応援する。

新田コール、西山コールが交錯するなか、新田選手がものの見事にズッコケてKO負け。

いや、待てよ、新田選手を転ばせたのも新田選手自身だからKO勝ちか?結果はともかく

「やっぱり味の素つえーよ」の一言で夢のカードは幕を閉じた。



こうして格闘技ステージは終了した。とにかく出演者、裏方のみんな、ファミリーが一体となって楽しんだ。

バックステージでも「楽しかった!」という笑顔があふれた。

そして見てくれた皆さんは口々に楽しかったって言っていた。

格闘技が観客を魅了した、というよりも格闘技を全力で楽しむ気持ちが観客に伝染した感じだった。






興奮冷めやらぬ中、次はキック教室だ。

汗と雨水を拭いて、キック教室会場に向かった。途中、ステージを見た子供たちが、さっきまで知らなかったファイターたちに近寄ってくる。「僕も強くなりたい!」といってパンチの真似ごとをやっている。

ここにいるファイターたちも、十年以上前は君たちと同じ強さにあこがれる子供だったのだ。

いよいよキック教室がスタートした。

まず全体でウォーミングアップ。ここで格闘技が楽しいかどうか決まる、ってプレッシャーもあり、格闘技メディカルトレーニングクラスの人気メニューから脳・神経系のトレーニングやステップワーク、ゲームなどをみんなでやった。

ファイターたちが時折アドバイス。

やるたびに受講者の動きが良くなっていった。

なかには経験者やいま格闘技をやっている人も混じっているようで、どう見ても素人ではない動きが垣間見えた。

老若男女、数十名が一度に動き、バシッと技が決まる瞬間はなんともいえない調和。

格闘技は基本的に個人技だが、集団やタッグで行う練習方法でチームワークや一体感が味わえる。笑いながらも真剣な眼光が印象に残ったウォーミングアップだった。

そしていよいよ班分けに入る。

西山選手・Dr.FのIQキックAチーム、

新田選手・ヒロトさんのナチュラルキックBチーム、

アヤト選手・小隊長の蹴り技カラテCチーム、

小宮選手・山田さんの7日後試合だDチーム、

そしてグレちゃん・マナちゃんの男性に負けないEチーム。

それぞれの班に分かれてキックやパンチの徹底指導が始まった。

これがまた、おんなじこと教えるのに各班ごとに、いや藩ごとに全くカラーが違うのだ。

西山・Drチームは理論的。拳の握り方や骨盤の使い方から始まり、技術を一個一個積み上げていく。受講生は全員が一回ごとに確実に上手くなっていく。

新田・ヒロトチームはとにかくコミュニケーション。新田選手が身体を張ってパンチやキックを受講生に打たせている。技術もコンビネーションが主体だった。子供も多く、いつも子供の扱いに慣れているコンビならではの味。

カラテチームは、みんなで輪になってガンガン後ろ回しを蹴っている!説明はそこそこにとにかくアヤト&小隊長のお手本をみながら受講生は見て盗む。このチームがいちばん派手で、受講生の中には短い時間で後ろ回しをマスターした人もいた。

小宮・山田チームはとにかく熱血。ミットを持ったふたりが所狭しと駆け回り、バンバン殴らせて、ビシビシ蹴らせて試合に出れるんじゃないか!?と思わせるくらいに受講生を本格的ファイターに仕上げていく。一番の即戦力はDチームから出そうなくらいだ。


ガールチームは、とにかくノリが明るくてとっても楽しそう!ミットで一発蹴るたびに、2人の女性に褒められる!楽しさが前面に出た練習で、キックに興味なくても参加したくなるんじゃないか?っていう雰囲気。


いやー面白いっ!

格闘技を伝えるスタイルも選手それぞれ。ミットや身体で攻撃を受けると言語を超えてその人を理解できる瞬間がある。

チーム内での結束力もキックやパンチが炸裂するたびに高まっていく。


生まれて初めて思いっきり人を蹴るだろう、女性のシャープなミドルキック。

とにかく身軽で早い少年のフットワーク。

我が子の前で絶対負けられない、お父さんのパワフルローキック

点を中心としてくるっとよどみなく回転するお母さんの後ろ回し。

お世辞でもなんでもなくみんなスゲー。自分しかできない、個性あふれる格闘技。

体中で楽しめば、人間はこんなに短い時間で上達できるんだ!

藩の練習が終わる頃には、あちらこちらでキックボクサー、格闘家、カラテ家のたまごが誕生していた。

続いて技の披露会。

ミットに2人ずつ技を打ち込んでいく。本格的なパンチやキックに、講師陣、受講者、味の素関係者から感嘆の声が上がる。

最後は受講者選抜メンバーによる試割。準備してあった杉板を割るのだ。


これははっきりいってリスキーな賭けでもあった。

割れると全く痛くないが、割れなければめちゃくちゃ痛い!一度でも試割でミスったことのある人なら身をもって知っている痛さではないか?


不安は一部の人に的中してしまったが、驚いたのは受講者の根性だ。

ある少年は、パンチで3度失敗、アドリブで肘打ちに変えて挑戦するも2度失敗。

顔をぐちゃぐちゃにして、泣きそうな顔をしながらも、最後は踵でのキックで板を叩き割った!


凄く嬉しそうだった!その場にいた全員が彼の勇気に感動した。


格闘技は楽しい、だけではない。痛いし苦しいし、怪我もする。どんなに努力しても報われないこともある。

筋書きがない、リアルだからそれも現実。でも挑戦しなきゃ、道は開かれない。


少年の、無理かもしれないけどなんとか成し遂げようという姿勢。


「格闘技の素晴らしさを一般の人に伝えたい!」西山選手にそう誘われ、志を一つにする仲間が集い、今回の企画が進んでいった。

格闘技の素晴らしさを伝えるにはどうしたらいいか。数ヶ月前から考え、悩み、たくさんセッションして実現した。

選手のみなさんは忙しい中ミーティングやリハーサルに駆けつけてくれた。

ライターの方々もわざわざ時間をつくってくれた。

音楽担当のDJ KEBINも、サウンドトラックを何度も手直ししてくれた。


受講者のみんな、主催者の方々も格闘技を楽しみにしてくれていた。



蓋を開けてみると、、、、

格闘技の素晴らしさ、格闘技の可能性を、逆に一般の人から教わることができた!

「格闘技とは人類が発明した最高のコミュニケーション手段である。」

この定義が間違っていないことを今回のイベントで実感できた。


格闘クリニック代表  二重作 拓也(Dr.F)